駒鳥たちの勘違い side土端
入学式を終えて数日。3年生になった私たちはそれぞれの進路にあったクラスに振り分けられた。私だけが医療系の進路に進む予定なので見慣れたクラスメイトは少ない。成田、山本、徳原、風巻もいない。
もともと1人でいることは慣れていた。はずだけれど、修学旅行で皆で騒ぐのも嫌いじゃなかったから少し、本当に何だか少しスースーする。
風の噂で今日から風巻が来たことを知った。噂というか、皆の様子を見れば一目瞭然だ。浮き足立つ女子たちはこそこそと下駄箱を覗きに行き、クラスを見に行ったり。忙しそう。
昼休み。私は1年生の時から変わらず、グラウンドの端っこのベンチに向かう。自分で作った弁当と水筒を持ってそこで食べる。人気もないし、グラウンドで遊ぶ学生たちが見える程度だから煩わしくない。
私は弁当を膝の上に広げ、食べようとした。すると、嫌な気配を感じて手を止める。
「ここ、いい?」
顔だけでそちらに振り返るとニコニコ笑う徳原の姿があった。片手に購買で買ってきたであろう焼きそばパンと牛乳を持っている。
私の返事はノーだ。わかりきっているからか、徳原は「じゃ、お隣失礼するね」とか何とか言って勝手に座ってパンを頬張り始めた。
関わるのが面倒臭い。私は気にせず弁当を食べ始めた。パンを食べながらジロジロと私の様子を見ている視線が本当に気持ち悪い。どうしてこの男が未だに女にモテ続けているのかわからない。
そもそも徳原はインキュバスという種類の魔族だった。女はもちろん時には性別を超えて魅了し、人を堕落させる最低の悪魔。人の夢に出てきてその人の夢を喰らうことが好きって何かの本で読んだことがある。知識はその程度。本当のところは徳原本人だけが知っている。まあ、興味ないからどうでもいいけれど。
しばらく私も徳原も無言でいたが、ふと思いついたように徳原が話しかけてきた。
「今朝、風巻くんに吹っかけたら見事キレられちゃってさぁ」
「……」
「多分種族的に俺とほぼ同じだと思うんだけど。風巻くんのお母様はサキュバスでしょ。同じでもやっぱ大魔王となると力も違うのかな」
ペラペラと好きなこと話す徳原に私は表情一つ変えずに無視し続けた。知らなかった情報がいくつかあるけれど、そこを突いたら徳原の思う壺。そのうち風巻本人に聞けばいいことだ。
私の態度をチラチラ確認すると徳原はくすくす笑い始めた。
「ふふっ、土端さんてホント俺のこと嫌いだよねえ」
「……」
「まあ、いいや。俺聞きたいことあってここに来たんだ」
パンを食べ終え、包んでいた袋を握りつぶすと徳原は姿勢を正し私の顔を覗き込んだ。
「いつ月に帰るの?」
「は?」
つい声を出してしまった。私は分が悪いと視線を逸らす。戸惑う私を見ると徳原は楽しげに笑いながら視線をグラウンドに戻してベンチに深く背を預けた。
「去年の学校祭。俺はまだ転校してきてなかったから話だけ聞いたよ。お題聞いた時は笑いそうになった。『かぐや姫』は土端さんこそ向いてたんじゃない?だって18歳の誕生日に帰るんでしょ?月に」
私の態度が変わったことが嬉しいのか徳原は更に話し続ける。弁当を食べる手は既に止まり、私はぎゅっと拳を握った。
「ある意味チートだよね。頭もいい、ルックスもいい、スポーツ万能、お金持ちのお嬢様。本体の神様に人間界のこと伝えるためだけに存在してるんだもんね。キミが何を思おうと……」
何だか息が苦しい。理由はわかってる。この男が言っていることは正しい。私がずっと隠していたこと。義父と神が契約した。そこに私の意思はない。言い返そうにも言葉が出てこなかった。
するとふわりと風が舞い込んできた。春一番と呼ぶには冷たい。この感じは覚えがある。
私は俯いていた顔を上げた。徳原の横には睨みを聞かせた風巻がじっと立っている。
「そのねじ曲がった性格は治んねえな、クソ野郎」
低く冷たい声は淡々としている。風巻の手には購買で買ってきた袋が握られている。側から見れば何気ない一コマだが、風巻の異様なオーラに徳原はごまかすように笑った。
「ははっ、なに?今朝の続きでもしたいの?」
「さっさとそこを退け」
徳原は大人しく立ち上がるとひらひらと手を振りその場からいなくなった。風巻は徳原がいなくなると我が物顔で私の隣に腰を下ろし、袋からサンドイッチとイチゴミルクを取り出した。
今朝何があったか私は知らない。けれど、一つだけしなきゃいけないことがある。
「……ありがと」
顔が熱くなるのを感じる。恥ずかしい。お礼なんて言い慣れてない。
風巻はその言葉に反応せずただグラウンドを眺めながらサンドイッチを食べていた。私の声が小さくて伝わらなかったのかもしれない。
私も大人しく弁当を食べていると風巻は思い出したように袋からもう一つイチゴミルクを取り出し私の前に差し出した。
「え?」
「礼を言うのは俺の方。山本に無理強いされて来てくれたんだろうけど……嬉しかった。見舞い」
「……うん」
さっきはきっとわざと反応しなかったんだろう。私のことだから礼を言った時、風巻がこちらを見れば強がって文句を言っていたに違いない。だって、今目の前の風巻は顔を見せずともほんのり恥ずかしさから頬を赤らめているのが見える。
風巻と私は良く似ている。本当のことを素直にいうのに躊躇する。天邪鬼な性格だ。
私は差し出されたイチゴミルクを大人しく受け取った。




