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春のかぜは何処へ side風巻

 最低だ。朝起きたら妙な寒気と頭痛にすぐに熱があると分かった。測ってみると39度を優に超えている。世話人の田所さんは「寝てなさい」とだけ言うと学校に連絡して俺は休むことになった。

 

 今日は入学式。生徒会長である俺が新入生の前で挨拶をしなければならない日。他の仕事は大体皆がやってくれるから俺でなければならないと言うことはない。むしろ、生徒会役員を続投した同級生たちは俺よりもずっと仕事ができる。土端も含めて。

 俺ができることといえば会長として前に出て話すこと。昔からこう言うことは嫌いじゃないし、得意な方だと思っている。


 だからこそ、こんな日に熱を出すなんてあり得ない。義妹の利麻も同じ高校に入学することになったからきちんとした姿を見せたかった、というのもある。田所さんはこの施設の仕事で入学式や卒業式などに参加できることはほぼない。今回も俺が熱を出したせいで田所さんは入学式に行けなくなった。


「情けねえな……」


 ぽつりとつぶやいた声は誰の返答も得られぬまま消えて行った。

 風邪と言えば風邪らしいし、何か違うかと言えば違和感はある。鼻水も咳も出ず、喉も痛くない。ただ体がだるく熱があるだけの妙な症状。この症状には覚えがある。義父が亡くなって数カ月したある日。同じ症状で暫く寝込んだ。もしこれと同じだとすれば理由は分かっている。

 水と解熱剤を持ってきてくれた田所さんに病院に行くか聞かれたが、俺は拒否した。寝てれば治る。いや、寝て体を休める以外に治し方などないからだ。





 いつの間にか俺は眠ってしまっていた。目が覚めた時には時計は昼を過ぎていた。入学式も終わった頃だろうか。熱は下がる気配もなく徐々に上がってきている気がする。頭痛がしてきて更に体はだるくなってきていた。

 ぼうっと窓の外の景色に視線を向けているとコンコンと部屋のドアを叩く音が聞こえた。俺は力なく「はい」と答えるだけに留めた。

 田所さんかと思ったが入ってきたのは利麻だった。利麻に渡された盆の上の薬をスポーツドリンクで流し込み、他愛もない話をしたと思う。熱のせいもあってあまり覚えていない。

 利麻はお盆に空のペットボトルを乗せて部屋を出ていった。すると玄関の方で悲鳴をあげる田所さんの声が聞こえた。田所さんが戸惑うことなどそうない。俺はだるくて重い体を起こしてゆっくり立ち上がって廊下に出た。

 田所さんとすぐ横で棒立ちになっている利麻の隙間から玄関を覗くと家にいるはずのない人物が見えた。その人物は紙袋を田所さんに差し出し、何か話しかけている。


「土端……?」


「ちょっと!悠馬!お姫様が何か持ってきてくださったわよ!」


 おひめさま?


 騒ぐ田所さん。利麻は田所さんの声を聞いてつい振り返ったが俺に何を聞くでもなく不機嫌に自分の部屋に帰っていった。

 俺は固まる田所さんを他所に壁に手をつきながら玄関に立つ土端の前に向かった。くらくらする頭でこいつと対等に話せってのはかなりキツい。

 馬鹿にされるんだろうか。「アンタのせいで挨拶させられたんだからね」とか毒づかれるんだろうか。

 土端の対応は意外なものだった。


「これ」


「あ?」


「山本くんが持っていってくれって」


 ぐいぐいと紙袋を差し出され俺は大人しく受け取った。中からふんわり甘い香りがする。山本のお母さんがよく焼いてくれるリンゴパイだ。紙袋の中を覗くとリンゴパイの入った箱の上にカードが乗っていた。『悠馬くんお誕生日おめでとう いつも馬鹿息子と仲良くしてくれてありがとう』と大人だがどこか可愛らしい文字で書かれているそのカードに山本の母さんの優しさがひしひしと伝わる。

 土端の存在を思い出し顔を上げた。土端は睨むでもなく寧ろどこか不安げな表情で俺を見つめていた。

 山本に言われるまま持ってきた。そのことすら驚きなのに多分俺のことを心配している。俺がかける言葉は決まっている。


「……ありがとう」


「うん……」


「……」


 話し下手な自分自身を呪ってやりたい。渡したのだから帰ればいいのに土端は視線こそ俺から外したが帰ろうとしない。熱に浮かされた頭はいつも以上に適当な言葉が思いつかない。

 黙り込んだままの俺と土端に田所さんは何を勘違いしたか「はいはい!そうね、そうよね!」と叫びながらバタバタと台所の方へ走っていってしまった。

 田所さんがいなくなると土端はふと溜息を吐いてギロリと俺を睨んだ。


「なんだよ……」


 俺もつい威嚇するように低く呟いた。怯むはずもなく土端はさらに言葉をつづけた。


「風邪じゃないでしょ、それ」


 何でもお見通しだと言わんばかりに土端はじっと俺を見つめた。まっすぐな視線に俺はつい怯んでしまって黙り込んだ。


「あなたの体って鈍そうよね。徳原の力とってから暫くして体がびっくりしたんじゃないの?」


「……」


「あと、誕生日。人もそうだけど、誕生日って意味もなく気持ちが昂ったりするじゃない?入学式も緊張したのかしら」


 言いたい放題言われても俺は何も言えなかった。正確には言葉が思いつかなかった。熱のせいもあるが、土端の言っていることは9割当たっている。

 俺が黙り込んでいると土端はため息を漏らして自分のカバンを漁るとピンク色の紙パックジュースを俺の前に差しだした。俺がいつも好んで飲んでいるいちごミルクだった。


「早くこれ飲んで治しなさい」


「……、お前が買ってきたのか?」


「当り前じゃない。誰が買うのよ」


「いや……」


 差し出されたいちごミルクを俺はおずおずと受け取った。ほんのり冷えているようで、多分ぬるい。購買にしか売っていないメーカーのいちごミルク。昼休みのあの人だかりにわざわざ出向いて土端が買ってくれたのだろう。

 俺はなんだか嬉しくて頬が熱くなるのを感じた。熱のせいだ。熱の。


「じゃ、私帰るから」


「……ありがとう」


 俺が礼を言うと土端はボッと顔を真っ赤にして足早に出て行ってしまった。

15日の週はお休みさせてください。21日の試験頑張って参りますΣ(-᷅_-᷄๑)

次の更新は22日(月)から!

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