大魔王と神様④
ここは魔の国。常に日は昇らず、明かりといえば所々にあるマグマと松明。そのため今が何時で昼か夜かを判断できるのは時計だけである。
大魔王ヘレンは仕事を終え、自室に戻ってきていた。1人で住むには大きすぎる城の中には部下たちもいるが、ヘレンは1人最上階に10畳ほどの部屋を構えてそこで暮らしていた。必要最低限の生活用品以外はなく、ベッドとテーブル、ソファ、デスク、本棚とクローゼットがあるのみ。クローゼットの中身も殆どなく、いつも着用している黒いドレスが数着、寝巻き用のネグリジェが同じく数着あるだけ。
部屋には2つドアがあり、1つ目は廊下と、2つ目は洗面所、そして浴室へと繋がっている。
入浴を済ませ、ネグリジェに着替えるとヘレンは癖のある長い髪を櫛で梳きながら窓辺に立って城下町を見下ろした。ところどころに流れるマグマの明かりでほんのりと街を一望できる。視線をゆっくり上げていくと大きな山々が魔の国を囲うように並び、ほんのりと隙間から漏れる光はおそらく遠く離れる神の国のものだろう。
ヘレンは何度か行ったことがある。だがそちらに憧れを持ったことはない。
何度も梳いた髪は指通りが良くなり、程よく乾いたことに満足するとヘレンはソファに腰を下ろして一息ついた。すると今まで誰もいなかったはずの部屋の中に一つの気配を感じて視線を向けた。感じ慣れた気配に驚くこともなく呆れたように声をかけた。
「何しにきたんだよ」
ヘレンの悪態に小さく笑って現れた男、神のアランはヘレンの元へ近づき許可もなくソファに腰を下ろした。ゆったりとした格好のヘレンとは反対に、仕事着である神装束に身を包んでいるアランは目の前の窓の外に視線を向けた。
「君に会いに来るのに、何か用事がなければいけないかい?」
「胡散臭え野郎だな。休もうとする奴の家に押しかけるくらいだから何かあんだろ」
「うーん……」
アランは生返事だけで答えるとそのまましばらく黙り込んだ。隣に座るアランに立つ気配がないことにヘレンは嫌気がさし、ヘレンは立ち上がった。そして配達された箱のまま置かれたワインの瓶を一つ取り出し、コルクを抜いてグラスに注いだ。1つは自分用に、もう1つのグラスに注いだワインをそっとアランに差し出した。アランは思っても見なかったヘレンの行動に一瞬固まると「ありがとう」とにこやかにお礼を言って口を付けた。その様子にヘレンは怪訝な目で見つめながらため息を吐いた。
「お前さ」
「ん?」
「仮にも敵陣に来てんだぞ?差し出されたものホイホイ飲むなよ」
「あぁ……ハハッ。まあ、そうだね。君からのものならば、たとえ毒が入ってようと飲むけれど」
一言一言虫唾が走りそうな甘いアランの言葉にヘレンはもう一度ため息を吐くとデスク用の椅子を引き寄せ、そこに腰を下ろした。肴もないため、二人はワインを少しずつ喉に流し込む。しばらくするとアランは空を見上げながらグラスを片手に困ったように笑った。
「こないだ、人間界に降りて学校祭行けたのは楽しかったね。帰りはもう暗くて、星がキラキラして、あの日は満月で」
「そんなこと話に来たのか?」
「ここは真っ暗だし、僕の国はずっと明るくて、どっちも持ってる人間界はいいなって」
「……」
ようやく話し始めたかと思えば的を得ないアランの言葉にヘレンは違和感を覚えた。こういう時は決まって良くないことを伝えようとしているときだ。今回も御多分に洩れずそういうことなのだろう。
回りくどいアランの話し方にヘレンはグラスをデスクに置いてアランをまっすぐ見つめた。
「本題に入れ。何の用だ」
威圧的なヘレンにアランは怖気付くことなくちらりとヘレンに視線を向けるとグラスを指でなぞりながらぽつりと呟いた。
「荒れていた国も治ってきた。娘ももう18になる。そろそろ帰ってきてもらおうかと思ってね」
ほんのり甘いワインを全て飲み干すとアランはグラスをソファのサイドテーブルに置いて深くソファに座り直した。
「君たち魔族は人と同じ様に相手を見つけて子を産む。僕たち神は次世代を作るために自分の半身を作って育てる。そしていつか親である僕が娘に全てを取られて消えていく」
「……」
「仮に娘が人間界で消えてしまったら、僕は何も残さないで消えていくことになるでしょう?」
「フン、半身て言う割に3割もお前の力渡していないだろ。よく言う」
鼻で笑い、小馬鹿にした様にヘレンは言った。アランは「まぁ、そうなんだけど」と呟くだけでふと溜息を吐くだけでそれ以上は何も言わない。その様子に苛立ちを覚え、ヘレンは座りなおすと椅子を少しだけ動かしてアランに近づくと逃れられないようにじっと見つめた。
「それで。その半身様の力不足で私の息子は覚醒させられたって言い訳しにきたのか?」
締め切っているはずの部屋にふわりと風が舞い込んできた。何でもなさげに呟いたヘレンだったが、今までひた隠しにしていた怒りが風となって現れた。ヘレンの静かな殺気にアランは小さく笑った。




