風巻と山本②
「今日も買い出しよろしくぅ!」
ホームルームも終わり、皆各々帰りの支度をしていると葉山の仲間の1人が山本に封筒を投げつけた。見た目こそいつもと変わらないが、山本はここ数日体育館裏に呼ばれては見えない箇所に何度も暴行されていた。
山本に転校初日の明るさはすでにない。投げ渡された封筒を開けて買い出しのメモと確実に足りないお金を受け取ると鞄を持ち山本は1人学校を後にした。
教師たちや、同じ学校の生徒に見つからないようにコソコソと学区から少し離れたコンビニに行き、自分の財布からお金足してメモに書かれた買い物を済ませた。そして葉山たちの集まる公園へ向かう。
袋いっぱいのお菓子やジュースを袋にぶら下げながら、山本は何の感情もなく歩き続けた。
「クソッ」
自分の情けなさに山本はらしくなく、怒りを呟いた。目の前にあった電柱に強く拳を打ちつけ、そのまま痛みと悔しさでその場にしゃがみ込んだ。ぎゅっと自分の体を抱きしめる。
自分がどうなろうと構わない。でも葉山たちの脅しの言葉に屈するしかなくなっていた。ようやく手に入れた母の店。まだ年端も行かない弟や妹。何をするかわからない葉山たちに恐怖している。
くだらない
殴り返せばよかった。そんなゲーム反則だ。何でも出来たのにしなかった。理由は簡単だ。俺が馬鹿で、弱いからだ。
「山本?」
ふと聞き慣れない高い声で名を呼ばれて、山本はガバッと顔を上げた。一瞬女の子かと思うくらい透き通ったその声の主人は同じ青色のネクタイをしたブレザーを着て、同学年を表す赤のバッチを胸元につけていた。声変わりが終わりかけで少しばかり男らしくなった山本と相反した、少女のような儚げな少年はキョトンとしながら山本を見つめている。
「あ、あははっ。悪い。少し気分が悪くってさ」
「大丈夫か?」
山本は慌てて明るく笑って見せると立ち上がって少年と向き合った。山本よりも10cmとまではいかないが小さく、目はクリリとした漆黒の瞳、美少年というのはおそらくこういうことを言うのだろう。改めて目の前の少年を見た山本は言葉を失ってじっと少年を見つめた。
「……なんだよ」
「あっ、いや。ごめん、名前なんだっけ」
少年は山本の視線を不快に思い、ぷいっとそっぽを向いた。だが尋ねられた言葉には小さく答えた。
「風巻」
「同じクラス、だっけ」
「お前の席の二つ後ろ」
「へえ。そうなんだ。ごめん」
こんな綺麗な奴いたんだ、と改めてまじまじと風巻の顔を見つめた。風巻はその視線から逃れるように山本が落としたコンビニの袋の一つを手に取ると中を覗いた。
「あっ」
「お前1人で食うの?」
見透かすような風巻の言葉と視線に山本は息を飲んだ。だがすぐに誤魔化すように笑うと山本は即座に袋を奪い返した。
「んなわけねえだろ?弟と妹の分だよ。頼まれちゃってさ」
「おせえよ、山本ぉ!どこほっつき歩いてたんだ?」
風巻の後ろから葉山と仲間たちが近所迷惑も考えず大きな声で山本を呼んだ。山本はビクッと震え、葉山たちにヘラヘラと笑った。
「ごめん」
「ったく、買い物ぐらいスパッと済ませてこいよな」
葉山は山本の持っているコンビニの袋を勢いよく奪い取ると、中身を確認し仲間達に配り始めた。すると突然葉山の手を風巻が掴んだ。案の定、葉山は風巻を睨みつけた。
「あ?何だよ」
「それ山本のだろ」
「あ?」
「お前らのじゃねえっつってんだよ」
「ちょ、待て風巻」
掴みかかった風巻に山本は慌てて制止を求めた。山本とすら体格差があるにも関わらず更に大きな葉山では、体格差がありすぎる。間違えて葉山が風巻を殴れば、もしかしたら怪我だけでは済まないかもしれない。
山本は何でもないと笑いながら風巻を諌めようとした。そして葉山の怒りの矛先が自分に来るように更に笑ったが、山本の努力は空しく葉山たちは目の前に現れた風巻にニヤリと笑った。
「かざまきぃ?知らねえな。チビ、誰に喧嘩売ってんのか分かってんのか?あ?」
「「あぁん?」」
葉山の大きな声に合わせて仲間たちが盛り立てる。山本はどうすればいいか必死に考えたがいい案など浮かぶはずもない。風巻の反対の腕を掴み引き剥がすようにするほかなかった。当の風巻はじっと葉山を見上げ、ふと馬鹿にしたように笑った。
「猿山の大将気取ってんじゃねえよ」
「あぁ!?」
葉山の眉間にピキッと血管が浮き出た。葉山はすぐに空いている右手を振り上げるとおおきく振りかぶって風巻の頭に向かって振り下ろした。風巻は避けるつもりはないのか動こうとしない。山本は慌てて風巻に覆いかぶさるように突進する。風巻は突然のことで押されるまま地面に倒れた。怒りの拳を山本はもろに眉間に喰らって吹き飛んだ。
「邪魔すんな山本ぉ!」
葉山は怒りに任せて代わりに殴られた山本に怒鳴った。そして倒れた山本の腹に蹴りを喰らわすと、葉山は地面に倒された風巻の元へゆっくりと近づいた。自分よりもずっと小さく、制服を着ていなければ女のように見える風巻にヒューッと口笛を吹いてニヤリと笑った。
「……そう、だな。こんな綺麗なツラした奴、殴ったらもったいねえよな。なあ、風巻。ゲームしようぜ」
「「お!」」
「っ……待て、葉山……」
「うっせぇな!テメェはそこでぶっ倒れてやがれ!」
眉間にうけた拳のせいで、山本はすぐに立ち上がることができず、蹲りながら葉山を止めようと口を開いた。だが、仲間達に再び蹴りを喰らわせられ、山本は吐きそうになるのを必死に抑えて地面に突っ伏した。
「簡単なゲームだ。コインの表と裏を当てるだけだ。勝ったらお前の言うこと聞いてやる。でも、もし負けたら……ふふっ。どうしてやろうかなぁ」
低くイヤらしい声で笑いながら、葉山はそっと風巻の顎に触れ自分の方へ向かせた。




