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鬼の居ぬ間に②

「人の女?」


「え?」


 徳原も土端も思いもよらない風巻の言動に固まった。ここにいる誰もが何が起きたかさっぱりわかっていない。わかっているのは発言した風巻だけだ。徳原は全く崩したことのない表情がぽかんと口を開けたままになっていた。だが、持ち直そうといつもの笑みを浮かべた。


「ごめん。どう言う意味かな?」


 徳原の言葉に、風巻はフンと鼻を鳴らし小馬鹿にしたように笑うと徳原を憐れむような目で見据えた。


「そのままの意味だろ」


 風巻のその言葉を聞いて、らしくもなく土端は動揺している。ベンチに座ってられずつい立ち上がったが、冗談を言っている風でもない風巻を諌めることもできない。徳原は張り付いた笑みを崩すことなく、今まで向けたことのない殺気を隠さず露わにした。

 ひゅーっと冷たい風が吹く。徳原のパーマのかかった黒髪は揺れ、2人の周りにも異様な風が吹き込んで来る。土端は、風巻では太刀打ちできないとわかった。自分が前に出ようと風巻の服の端を掴むが、その手を風巻に簡単に払われてしまった。


「あなたじゃ何もできないわ」


「いいから、座ってろ」


「でも」


「もう一度だけ聞くよ。キミたちは付き合ってるの?」


 一見すれば子どもに尋ねるような優しい口調の徳原だが、露にした殺気を消すことなくまっすぐ風巻に向けている。風巻は怯むことなく、むしろどこか自慢げに笑みを浮かべた。


「だったら何だよ」


「……へえ」


 土端には何が何だかさっぱりわからない。否定も肯定もできず、目の前で起こっていることだけを眺めるしかなかった。

 徳原の殺気がふっと消えた。徳原は意味深に笑うとガリッと自分の親指の爪をかじり、貼り付けた笑みは薄らぎ、わずかに悔しさを滲ませた。


「じゃあ、言いふらしてもいいんだ?」


 それでも、自分の思い通りに少しでもなるようにと、徳原はかまをかけてみた。だが、それは風巻にとって好都合で、ククッと喉を鳴らし笑った。


「出来ねえくせに言うなよ」


「……あ?」


「人の目を気にするお前が、人のモンに手出せるんなら別だけどな」


「……」


 普段はあまり話さない風巻の流暢な物言いに驚いているのは徳原ではなく、土端の方だった。意外なことばかりが目の前で繰り広げられ、すくんだ体は少しも動かすこともできない。

 徳原は、風巻が優位に立っていることに腹を立てた。かじっていた爪を口から離すと舌打ちをした。


「……出来損ないの癖に」


 ぽつりと捨て台詞だけ吐くと、徳原は何事もなかったように踵を返して旅館の方へ戻っていった。立っていた風巻は、ふうとため息を吐くとぽかんとしたままの土端の横に腰を下ろして空を眺めた。はたと我に帰った土端は、横の風巻に視線を向けた。


「ちょっと」


「ん?」


「何言ったかわかってるの?」


「あぁ」


「付き合ってないでしょ。私たち」


「そうだな」


「え?なに?何であんなこと言ったの?」


 慌てる土端とは裏腹に、ベンチに体を預けひんやりした風に身を任せ風巻はくつろいでいる。その様子に更に違和感を覚えて土端は捲し立てるように尋ねた。すると風巻はちらりと土端に視線を向け、土端と視線が合うように座り直した。


「徳原のこと好き?」


「は?」


「好きかって聞いてんだよ」


「馬鹿じゃないの。嫌いよ」


「だったら近づかねえようにした方がいいだろ?」


「……それだけ?」


「あぁ」


「はぁ?」


「ん?」


「いや、待ってよ。わかんない。だったらなんで、その、……」


「多少は障害になるだろ。俺とお前が付き合ってるって思われた方が」


「なる……かしら」


「アイツだけがそう思ってる。言いふらせねえって言ってたろ?別に付き合ってるフリとかもいらねえし、今まで通り何も変わらない」


 風巻の意図することは土端にもわかってはいる。土端が拒絶していることを理解していて、風巻が思いついた中で一番の障害になる術がこれだったと言うことだろう。それでも、その言葉が嘘偽りであろうとも軽いものではない。

 土端が答えないことに風巻は視線を落とし、次の言葉を思案する土端の頭を撫でた。


「悪い。嘘でも嫌だったよな」


「違う!そうじゃなくて……」


「よかった」


 否定し顔を上げた土端の目に飛び込んできたのは、安堵し微笑む風巻の顔だった。見たことのない子どもっぽいような、優しいその表情に、土端は頬が熱くなるのを感じた。

 それを誤魔化すように勢いよく立ち上がると、着せてもらったジャージを脱いで丸めるとそれを風巻の胸に向かって勢いよく投げた。


「ばか!」


「なにすんだよ」


「ばかにばかって言って何が悪いのよ。女心もわからないクズ!」


「は?」


「知らない!」


土端は捨て台詞を吐くと、カランコロンと下駄の音を響かせながら旅館の方は走って帰っていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うお、オレの女宣言キター!! でも風巻くん、後何歩か足らない。 土端さんが怒るのも無理ない。 女心は複雑ですな……。
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