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鬼の居ぬ間に①

 温泉に着くと各々自分の部屋に行き荷物を置くと、先に待っていたのは夕餉だった。大きなお座敷に1人ずつの席が用意され、席番号順に男女向かい合う形で座り食事をとった。

 その後は自由時間となり、温泉に行くもの、小さなゲームセンターに行くもの、数人で温泉街を歩きに行くものなど、やっと修学旅行らしくなってきたことで生徒たちは浮き足立っている。


「付き合ってください」


 階段と広場を挟んで男女の部屋が分かれている廊下の角を曲がったところ、端と端で男女がほぼ同じタイミングで告白されていた。それは必然とも言うべき瞬間でもあった。ほとんどの生徒たちは部屋から離れ、人気はほぼなくなっていたからだ。風呂を済ませ部屋に戻ろうとしたところを呼び出された風巻、土端は各々目の前の話したこともない異性にきょとんとした。女は震え、男は顔を真っ赤にしている。


「あのっ、風巻くんのこと、ずっと好きで……」


「出会った頃から運命じゃないかって。俺、土端さんの媚びないところというか、そう言うところが素敵だなって」


 もう一度だけ伝えておこう。彼らは廊下の曲がったところの両端で同時に告白されている。なので、まさか同じタイミングで同じようなことが起こっているとは誰もが知る由もない。


 風巻は目の前の女子が話し合えるのをしっかり待ってゆっくりと口を開いた。


「ごめん。俺、今そういうの無理なんだ」


「彼女にしてくれるだけでいいの。デートも、気がむいた時でいいし、皆の前でいちゃつきたいとかそう言うんじゃないの。一緒にいて欲しいだけなの」


「あぁ、だから……」


 風巻が渋っていると、女子は目にぶわっと涙を溜めてぐずぐずと泣き始めた。そして女子は唇を噛み締め顔を上げるなり風巻を睨みつけてはその場から走り去ってしまった。


 一方、土端は目の前の覚えのない男子に視線すら向けず壁に寄りかかりながら暫くはその話を聞いていた。


「多分俺のことそんな知らないと思うけれど、付き合ってから知ってもらえれば……」


「私になんのメリットがあるの?」


「え?」


「知らないあなたと付き合って私に何があるの?」


「そ、そうだね。えっと……」


 土端は悩む男子を待つことなく、冷たい視線を向けるだけでその場から離れた。男子は追いかけようとした。だが、つっけんどんな土端の物言いに苛立ちを覚え、その場に踏みとどまった。





「「あ」」


 そして、2人は廊下のど真ん中で出会った。


「また女の子泣かしたの?走って部屋に戻って行ったけど」


「お前こそ、すごい後ろの方で睨んでる男いるじゃねえか」


「……、知らないわ」


 2人はお互いの出来事をすぐに理解した。深く聞くつもりは互いになく、二人とも階段を降りた。風巻はついてきているように見える土端にちらりと視線を向けると、土端もついてきているように見える風巻に視線を向けた。


「どこいくの?」


「お前こそ」


「別に」


 カランコロンと旅館の下駄の音を響かせながら階段を降りていく。用意されていた浴衣に2人とも袖を通さず、学校指定の紺色のジャージにTシャツ、風巻は上のジャージも羽織っている。階段を降り終えると話しかけたのは土端の方だった。


「外行くけど、来るか?」


「なんであんたと行かなきゃいけないのよ」


「じゃあいい」


「行くわよ。暇だし」


 強い物言いの土端とは裏腹にその言動にすっかり慣れた風巻は小さく笑うと、旅館の正面玄関を出た。9月下旬の夜ともなれば北海道はすでに肌寒い。土端が小さく震えたのを風巻は見逃さず、自分の着ていたジャージを脱ぐと、近くのベンチに腰を下ろそうとする土端の肩にふわりとかけてやった。


「なによ」


「バカな格好してるから貸してやるよ」


「は?」


「いいから着とけよ。お嬢様」


 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた風巻に、ムカッとした土端はぷいっと視線を逸らすだけで肩にかけられたジャージの襟元を掴み、大人しく暖をとった。ほんのり太陽のような甘い香りが、土端の鼻腔をくすぐる。

 しばらく2人は黙り込み、目の前の木々を眺めていた。


「ねえ」


「ん?」


「あなたって、何も聞かないわよね」


「あぁ……」


「あるでしょ。何であんな家に住んでるんだとか、なんで苗字違うんだとか」


 顔を突き合わせることなく淡々と答える風巻に苛立ち、土端はがばっと立ち上がると座っている風巻を見下ろした。驚くこともなく風巻は見上げると、どことなく不安げな表情の土端をまっすぐ見据えた。


「聞かれたくなさそうだから」


「それだけ?」


「あぁ」


「気にならないの?」


「気になろうがなるまいが、嫌がってること聞いても仕方がないだろ。話したくなったらそのうち話すだろうし……」


 此方を見て動揺している土端では気配を感じ取ることはできなかったのだろう。風巻は話の途中で口を閉ざすと、土端の腕を掴み自分の方へ引き寄せた。そのままベンチに座らせ代わりに自分が立ち上がり、土端の背後にいた男を睨んだ。


「なんだよぉ。いいじゃん。俺も入れてよ」


「だったら普通に声をかけろ。俺が気づかなかったら何するつもりだったんだ」


 徳原はジャージ姿で靴を履いている。2人をニヤニヤと見ながら何もしないと両手を上げて戯けて見せた。全く気づくことのできなかった土端は、徳原がいた驚きと自分の未熟さに視線を落とした。その様子にニタリと笑うと徳原は風巻を避け、土端の前に立つと視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「ねえ。俺と付き合ってよ」


「……」


「だんまり?」


「……あっちいって」


「ふふっ。ねえねえ、風巻くんとは一緒にいられてどうして俺とはいられないの?俺の方がずっとキミのことわかってるし、ずっと幸せにできると思うんだけどな」


 徳原は脅すような口ぶりでもなく、さも当たり前のことを言っているように楽しげに話している。反して土端はその言葉にぴくりと震え、ちらりと徳原を見るとぎゅっと目を瞑った。普段からは想像できない弱々しい土端に更にたたみかけるように徳原は、口を開きかけた次の瞬間。風巻が徳原の前に立ちはだかった。徳原は一瞬驚いたがすぐに張り付いた笑みを浮かべて首を傾げた。


「なに?」


「お前こそ何だよ」


「外野は黙っててよ。見てわからない?俺、告白してんだけど」


 悪いことなどしていないと言いたげな徳原に対して、風巻は一切表情を変えず冷たい視線を向けながらゆっくり口を開いた。


「外野はテメェだ。人の女に手出すんじゃねえよ」


風巻の突拍子もない言葉に、土端は驚き顔を上げた。



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