旅行の始まりは夢の中 side土端
「百華様!なぜ、私をお供にしてくださらないのですか?」
朝5時。集合時間は6時だから早く行きたいのに、執事の立花、39歳のおっさんが子どもみたいに駄々をこねている。大きなリュックに必要なものを詰めたらしい。邪魔になるであろうスーツケースはない。服装は至ってシンプル。白のワイシャツに灰色のスラックス、羽織る用のこれもまた灰色ジャケットを片手に、いつもの白手袋をしていない。素肌の指を見るのはいつぶりだろうか。
本当に付いてこようとしている。でも、ダメよね。私がこう言う家に住んでいることも、おそらく風巻しか知らない……いや、あの徳原て奴は知っているっぽいかな。あいつ、ヒトじゃないのはいいとして。私にあそこまで迫ってきた奴は初めて。
すごいムカつく。
そうこう悩んでいると目の前の立花は、らしくもなくぶわっと目に涙を溜めた。
「連れていってくださらないのでしたら、私は、私は……」
「な、なによ」
おっさんの泣き顔がこんなに効くなんて知らないわよ。泣かないでよ。もう、めんどくさい。
立花は、ハンカチで目を拭うと深呼吸をしてまっすぐ私を捉えた。
「私が知りうる限りの可愛い百華様を全て、世間に晒しますよ!」
……
……
……は?
何言ってんのこの人。こんな人だったかしら。最近ネジが緩んだと言うか、ネジが吹っ飛んだのかしら。
立花は私の呆れ顔に、ハッと我を取り戻すと背筋をぴんとして普段通りの執事らしい雰囲気に戻した。
「こほん。失礼」
「……」
「では、こうしましょう。私は私で勝手に旅をします。そうですね、北海道にいきましょうか。奇しくも百華様と同じ飛行機に乗るかもしれません。同じ旅館に泊まるかもしれません。よろしいですか?」
「よろしくないわよ」
「え!?」
「は?」
「何故でしょうか?」
「あのね。修学旅行てのは、学生だけで行くからいいの。保護者ついてきたら、その、恥ず……、っ……。嫌って言ってんの!嫌い!立花嫌い!」
「えっ、あ……」
多少演技が入っているけど仕方ないわ。私が涙目になって少し子供っぽい仕草をすれば、ほら。オロオロして……。
立花は一瞬慌てたがすぐに落ち着きを取り戻した。まっすぐ私を見据えると、カバンから小さめの巾着袋を1つ、私の前に差し出してきたので私は受け取った。固いもの?箱のような、何かしらこれ。
開けて確認しようとすると立花は私の手に手を重ねて首を横に振った。
「……承知いたしました。では、これを」
「何これ」
「今はまだ開けないでください。本当に困った時にご使用ください」
「……」
「肌身離さず。必ずすぐ出せますように」
「うん」
「いってらっしゃいませ」
紳士ぶってるけれどやはりどこか寂しそうな立花。ちょっとばかり、いじめ過ぎたかもしれない。
私はその袋を肩掛けカバンの中に入れると頭を下げた立花の顔を覗き込んだ。するとパッと顔を上げいつものように姿勢を正した。
「なにか?」
「ううん。……ありがとう」
「……!い、いいえ。お気をつけて」
「うん」
立花が持たせてくれたこれに助けられるなんて思ってもみなかったが、それはまたあとのお話。




