旅行の始まりは夢の中
集合時間は朝の6時。学校の門の前に2年生全員が各々好みのスーツケースを持ちながら制服に身を包み、これから始まる修学旅行に気持ちが昂っている。
「ひぃー!朝早すぎじゃね?かあちゃん寝坊するし、俺も寝坊するし、やべえよ」
ほぼ皆がバスに乗り終える頃、スーツケースを抱えながら走り込んできた山本は、バスガイドに荷物を預けると決められた席に座り、隣の風巻に一連の出来事を愚痴った。風巻は間に合った山本の頭をぽんぽんと撫で「大変だったな」と言うだけで黙り込んだ。担任教師とバスガイドが話し始めたからだ。
一行は、バスで羽田空港までバスで移動。その後、空港内を楽しむ時間はなく、そのまま新千歳空港行きの飛行機に乗せられた。飛行機内もあらかじめ決められた席に座らされる。男女が混ざり合うことないため、同性同士和気あいあいとお菓子を交換したり、持ち寄ったトランプやゲーム機などで楽しんでいた。飛行機は離陸し、大きな事件もなく空港に到着した。その後も散策させてもらえず、再びバスに乗せられ、一路登別へ向かった。この時すでに午後3時を過ぎている。
「ひえー!鬼いんじゃん!風巻、鬼!でっけえ鬼!」
「ほんとだ。もうすぐ着くんじゃねえか?」
『ここからおよそ1時間半ほどで皆様のお泊まりになる旅館に着く予定です』
「は!?まじか!まだまだじゃん」
バスガイドは声を上げた山本に視線を向けるとにっこり微笑んだ。その表情を見ると山本は絵に描いたようにがっかりすると背もたれに体を預け、その後はクークー眠ってしまった。
風巻は山本越しに窓の外を眺めながら、何をするでもなくぼーっとしていた。蛇行する道が多いせいか、周りの生徒たちもほぼ眠ってしまっている。すると肩につんつんと指が当たるのを感じて振り向いた。斜め後ろの土端だ。
「なんだよ」
風巻は皆の睡眠を邪魔しないようにぼそぼそと尋ねた。すると土端はまたつんつんと風巻の肩を突いた。風巻はため息を漏らすと浅く椅子に座り直して振り返った。するといつも冷たい雰囲気のある土端がどこか弱々しく、視線が合うがすぐに逸らした。風巻は何かあったのかと心配になり尋ねた。
「どうした?」
「変よね」
「変なのはお前だろ」
「馬鹿ね」
「は?」
「なんであなたはそこまで鈍いの。徳原のところに、ほら」
「あ……」
「見える?」
土端に言われて座席前方に妙な気配を風巻は感じた。当の本人は気づいていない。徳原がいるであろう席に白いモヤのような、糸のようなものが集まっている。風巻は目を細めてそれが何か見ようとするがよくわからない。
「なんだあれ」
「さぁ?」
「さぁ?て」
「知らないわよ」
『皆さま、そろそろお宿に到着します』
バスガイドの案内が車内に響いた。その声で数人が目を覚まし始める。徳原に伸びていた白い糸はもう見えない。
「とにかく、山本くん起こしてあげた方がいいんじゃない?」
「……わかったよ」
コソコソと2人が話していることに徳原は気づくことはなかった。『何か』に集中していたからだろう。
風巻はゆらゆらと山本の肩を揺らして起こそうと試みる。すると山本は「ふわーっ」と欠伸とともに目を覚ました。
「なんだよぉ。ついた?」
山本はきょとんとしたが、何も言わない風巻に山本は自然と笑みを浮かべ、ぽんぽんと頭を撫でた。
「んだよ!寂しかったのか?」
「え?」
「んもう!仕方ねえな。しりとりでもやるか?」
山本の大きな声に眠ってしまっていた生徒たちはほとんどが目を覚ますことになる。
一行は無事登別温泉へたどり着いた。




