一年目の学校祭
この高校は学校祭が7月にある。木曜金曜土曜と三日間、皆が浮き足立つ。本日、土曜日だけは一般の人も入れるため賑やかさもひとしおだ。
風巻はクラスの出し物として、教室に作られた迷路の受付係の当番をしていた。小さな子どもから父兄まで色々な人が来る中、淡々と案内し出口から出てくる楽しそうな様子に自然と表情が綻んだ。
「なんで、風巻と当番の時間違うんだよー。つまんねえ」
山本はどこかで手に入れたいちご飴を咥えながら椅子に跨りいじけている。数人が山本の頭をこづき、立ち上がるように促した。
「別にいいだろ。ほら俺たちと他、巡ろうぜ。メイドカフェあるってよ」
「まじ!?」
その言葉にぴょんと立ち上がると、あっという間にその場から山本はいなくなった。風巻はひらひらと手を振り見送った。
しばらくして同じ当番の女子が1人、風巻の元にやって来た。
「もう1時間経ったし、次の当番の子、来たから風巻くんは終わりでいいって」
「あぁ、わかった」
どこかに行った山本を探そうかと携帯電話を取り出し操作しながらその場を離れようとしたところ、その女子が手を掴んだ。突然のことで風巻は振り払うこともなくきょとんと振り向く。
「なに?」
「あの、さ。もしよかったら私と歩かない?」
女は頬を赤らめ、語尾は小さな声になって、もじもじし始めた。それを見て風巻は靡くことなくすっと手を振り払う。
「つれがいるから」
「あ、……そっか。そうだよね」
今まで赤らんでいた女の顔はさっと青ざめ、そのまま涙目になると顔を隠すように泣きながら走り去った。
名前すらよくわからない同級生の一喜一憂に、風巻はついため息が漏れてしまう。
「女の子泣かしちゃダメじゃない」
気配もなく後ろに立っていたのは、言葉とは裏腹に楽しげに笑う土端だ。
呼んでいない存在に嫌そうに振り向くと目の前の土端の格好に更に嫌気がさした。先ほど山本が騒いでいたメイド服なるものを着て、片手に大きな看板を持っていたからだ。
「……何してんだ、お前」
「何って、似合うでしょ?」
「何でここに来てんだよ」
「随分ナルシストなのね。あなたに会いに来たんじゃなくて、端から端まで宣伝したら私の役目が終わりなの」
6組から1組まで客引きをして戻るだけでお役御免とは、羨ましいやら、悲しいやら。と風巻は思ったが、関わりを持ちたくなくて、それ以上言葉を交わすつもりはなく、土端の横を通り過ぎようとした。
「テメェら全員ぶっ殺してやるよ!」
突如、隣の2組から怒号が響いた。間髪入れず悲鳴と共に教室から数人が駆け出し逃げていった。叫んでいたのは、着崩したぼろぼろのシャツにジーパンを履いた中年の男だった。片手には包丁を持っている。
目をぎらつかせ、廊下に出てきたその男はすぐさま土端を見つける。当たり前だ。西洋人形のような見た目の女がメイド服を着て立っていたのだから、目につかない方がおかしい。
「お前みたいのが、男を騙してへらへら楽しく学園生活送ってるんだろ!?そういう奴が1番ムカつくんだよ!」
「そんな大きな声出さなくても聞こえるわよ。頭悪いわね」
「あ!?」
土端はビビることもなく男に対して面倒くさそうに言葉を返し、最後に悪態までついてしまった。男はさらに激怒した。すぐに包丁を持ち直すと土端目掛けて走り出す。その距離は数メートルもない。
風巻は咄嗟に土端の肩を掴むと、そのまま横へ押し出し、代わりに包丁の刃を片手で掴み押さえ込んだ。
周りで見ていた生徒達からは悲鳴が溢れた。
脅しで向けた刃が風巻の手に食い込み、真っ赤な血が床にポタポタと垂れている。男はあからさまに恐れ、包丁から手を離した。
「せ、先生呼んでくる!」
見ていた生徒達は走り出し、そこには風巻と土端、男だけになった。
「さ、刺すつもりはなかったんだ。お前が!前に立つから!俺が、俺、……」
掴んでいた包丁を床に落とすと風巻の様子が変わった。真っ赤に血塗られた手で男の髪を掴むと、まっすぐ見下ろす。男だけは見てしまった。風巻の瞳が金色に輝くのを。
「覚悟はできてんだろうな」
「ひいいいぃい!」
何が見えたのか男は風巻の背後一点を見つめ悲鳴をあげると口から泡を拭き、その場に気絶してしまった。
「フツー脅しただけじゃ、気絶しないわよね」
元凶の土端は看板を床につけ、寄りかかりながらニヤニヤと笑っていた。
「何が言いたい」
「別に。一応助けてもらったわけだし、保健室まで付き合おうか」
「わかってんだろ。いらねえよ」
さっきまでどくどくと血があふれていた手からはなくなっていた。土端に振り返った時には風巻の瞳はいつもの漆黒に戻っていた。