夕陽の後退り side立花
百華様付きの執事、立花でございます。皆様お久しぶりでございます。覚えていらっしゃいますか?
明日から修学旅行ということで、屋敷の中はとても慌ただしいです。百華様の護衛をこっそりつける予定というのもありますが、なにより百華様が何不自由なくご学友と楽しめるようにと皆それぞれが試行錯誤しながら荷物の準備をしております。
私は時間になりましたので、その場を後にして百華様の迎えのために車に乗り込み学校へ向かいました。
しかし、連絡のあった時刻になっても一向に百華様が現れません。何かあったのかと不安になりました。一度学校に連絡を入れようか、それか百華様に直に連絡をすべきか。悩んでいるとパタパタと駆けてくる百華様を見つけ、慌てて車から降り後部座席のドアを開けお待ちしました。そう、パタパタと走っていらしたのには驚きました。何があろうともスポーツ以外で走る姿をお見かけしたことはありませんでしたので。
運転席に乗り込み、シートベルトをするとゆっくりと車を走らせました。ミラー越しにちらりと百華様を確認しましたが、もともとあまり表情に出さないお方なので何があったかわかりません。
私から聞くのもおかしいでしょうか。ですが、執事たるもの、主人の異変に対応しなくてはなりません。仕方がないことです。そう、仕方がない。
私は意を決して尋ねてみることにしました。
「百華様」
「なに?」
「今日の学校はどうでしたか?何かありましたか?」
「……」
見なくてもわかる。機嫌を損ねてしまったようだ。また失敗してしまったようだ。
私は大人しく運転するほかありませんでした。ミラーで見ることも憚られ、前方だけを気にして丁寧に運転していると、次は百華様から話しかけてくださいました。
「立花」
「はいっ」
「今日はお義父様はいらっしゃるの?」
「旦那様はもうお帰りになられていますよ。修学旅行前に夕飯を一緒にとりたいと」
「ふーん……」
珍しいことがもう一つ。百華様から旦那様のことを聞かれるのは滅多にないことなので少し驚いてしまいました。ハンドルが少し動いてしまったので、おそらく動揺したことに気づかれていると思います。なんという失態。
百華様はそのあと一言も話しませんでした。家に着くと私がドアを開けるのを待って、鞄をメイドに渡すことなく自室に戻られました。
◇
「おかえり、百華」
「お待たせしてごめんなさい。お義父様」
旦那様に会う時の百華様は、いつもの少しゆったりした普段着とは異なる様相です。髪は頭の高い位置のツインテールではありません。一つのお団子に綺麗に結い上げ、ベージュのふんわりとしたワンピースに白のレースであしらったリボンを腰回りに巻いてきゅっと絞り、少し高さのある桃色のヒールをお召しになっております。
旦那様はというと、齢70を超えているとは思えないとても紳士的な方です。白の襟付きシャツに紺色のスラックス、ネクタイも紺色でネクタイピンはプラチナでできており、決して派手ではありません。
百華様はスカートの端を掴むと軽く会釈をして、自分の席に腰を下ろされました。旦那様もその様子に小さく頷き、テーブルに置かれたグラスに口をつけ、ワインを飲み干されました。
そして暫く無言の中、食事をなさいます。ここまではいつも通りです。私は何か予感していました。普段は自らお話されない百華様が、デザートを食べ終えるとスプーンを置き、まっすぐ旦那様に視線を向けられたのです。旦那様もその異変に気付くとにっこり笑いながら百華様に声を掛けました。
「どうした?」
「あの」
「ん?」
「お仕事のこと、お聞きしたことがないので。少し気になって」
旦那様からピシリと冷たい空気が出ました。ですが、すぐに普段通りの柔らかな雰囲気に戻られて、にこやかに百華様を見つめられています。
「珍しいな。理由を聞こうか」
「……いえ。私もそろそろお義父様のこときちんと知らなければ……と」
百華様もわかっていらっしゃいます。これ以上聞いてはいけないと。旦那様は「おいしかった」とだけ告げるとゆっくりと腰を上げ、百華様の横を通り自室に戻られていきました。
がちゃりと扉が閉まると大きくため息を吐き、百華様はテーブルに突っ伏してしまいました。
「百華様?」
「無理。……お義父様、何を隠してるんだろう」
「……」
「いえ、いいの。気にしないで」
幼い頃からそばにいたからわかりますよ。百華様は辛い時ほど、よく笑う方。そして、こう言っては悪口に聞こえるかもしれませんが、普段謝ることのないあなたが謝る時は助けてとおっしゃっているシグナル。何がそんなにあなたをかき乱すのか。
わかりました。私が修学旅行、同行いたしましょう。




