祭りの後
風巻が倒れた後、土端は暫く膝に寝かせたままでいたが、ふと通りかかった教師の手を借りて風巻を保健室まで運んだ。保健医は風巻をベッドに寝かせ、特に治療も必要ないとのことで額にタオルを置くだけで寝かせられていた。土端は帰る隙をすっかり見失い、結局ベッドの横に椅子を置いてそこに座りながら時々タオルを替えたりしてぼうっと風巻を見つめていた。つい数時間前まで飢え切っていたのがウソのように平気そうだ。先ほど会った妙な3人組の仕業なのはわかりきっている。
「……誰なのかしらね。さっきの人たち」
ぽつりと土端は独り言をつぶやいた。それが風巻に伝わっているとは思えない。するとドタバタと足音が響いて保健室の扉が開いた。
「風巻ー!」
入ってきたのは山本だ。男子高校生なのに目には大粒の涙が溢れている。
シャーっとカーテンを開け、山本は風巻を見つけるなり今にも抱きつきそうなくらいの勢いで入ってきたが、横にいた土端に目を向けると、すごすごと後退りした。
「つ、土端!お前、まさか」
「なに?」
「ダメだろー。風巻気に入らねえの知ってるけど、魔女の力使って倒したら」
近くで聞いていた先生はクスクス笑っている。冗談だと思ったのだろう。当の山本の目は本気で、恨み節に土端を睨んでいる。だが、怖さが勝ってカーテンに隠れて顔だけ出している。くるくる巻かれて簀巻き状態だ。
土端は山本の言動に小馬鹿にしたように笑った。
「魔女ねえ」
「な、なんだよ」
「私じゃなくて、逆かもよ」
含みのある土端の言葉に山本は驚愕した。巻いていたカーテンから手を離すと自然と棒立ちになっている。そんなにショックだったかと、風巻の正体を明かしてしまったことに土端は少しの罪悪感を覚えたがすぐにそれはかき消された。
「俺が魔女?」
山本はブルブルと震え自分の手のひらを確認すると「は!」とか言って何かを出そうとしている。馬鹿の相手はしてられないと土端は立ち上がってカーテンの外に出ようとした。
「どこ行くんだよ?」
「私もういらないでしょ。山本くんが看病してあげて」
「悠馬様ァァ!」
もう1人、いやもう一塊の来客が保健室に入ってきた。親衛隊の面々だ。河山はカーテンの向こうに見える風巻を見るなりその場に崩れ座り込むと、ハンカチを取り出しおいおいと泣き出した。取り巻きたちは慌てて河山の横に座ると同じように泣き始めた。
「なんてことなの!?嗚呼!悠馬様が!なぜ、こんな!……は!アンタは魔女!」
「待て!俺が魔女なんだって!」
山本の場違いな言動は無視され、河山は目の前に立っている土端を見つけると指を差し相変わらず失礼な呼び方で声を上げた。慣れたものだと呆れたように土端はため息を漏らすと、河山の前にしゃがみ目線を合わせた。
「暑さで倒れたみたいよ」
「あなたが見守れって言ってたくせに、なんであなたが1人で悠馬様といるのよ!」
「きちんと見守れてないんじゃない?」
「キィイ!」
「別に2人きりになりたくないし。あとはよろしく」
先生に頭を下げることなく、土端は保健室から出て行った。そこに残された山本と河山、取り巻きたちは暫くきょとんとしていた。
「うっ……」
「風巻ぃ!」
「「「悠馬様ぁ!」」」
風巻の声を聞き流すことなく皆一斉にベッドに駆け寄った。皆それぞれ目には大粒の涙が溢れている。
「え?あ、……山本、と、誰?」
「ひぃ!い、いいんですのよ!私たちは影となり、悠馬様をお守りしたいだけなんですから!」
「「そ、そーよそーよ!」」
「はぁ、どうも」
「風巻、風巻、風巻ぃ!どうしたんだよぉ。何があったんだよ!」
「あー……」
思い出されるのは妙な3人組。女に何かされたのは確かだが何をされたかさっぱりだ。風巻はどう説明していいかわからず、声を漏らすだけで黙り込んだ。
だが、ふと体に異変を感じた。今まで満たされなかった何かがなくなっている。というのはおかしい表現だ。飢えきっていた何かがパタリとなくなっている。
あの瞬間。女に何かされたか、他の2人か、あるいは。
「土端……」
「え?土端?何かされたのか!?」
「あ、いや。別に」
「キィ!あの魔女!悠馬様に何かしたみたいね!」
「いや、何もされてねえし。その、様、付けんのやめてくれませ……」
「だーかーらー!土端は魔女じゃねえんだって!俺が魔女なんだって!」
「何言ってんだ、お前も」
「今から憎き土端百華を成敗する案を考えましょう!早速会議室を借りに生徒会に行くわよ!」
「「はい!」」
河山と取り巻き達は息をピッタリ合わせたようで、ドタバタと保健室から出て行った。山本は自分の言葉が誰にも気に留めてもらえず、やきもきしているようだ。すると先生がカップに水を一杯入れて風巻に差し出した。
「とりあえずお水飲んで。少し休んだらまた学校祭楽しんでおいで」
「ありがとうございます」
もらった水をぐいっと飲み干すと、山本を宥めるように頭を撫でた。とりあえず考えることはやめて、風巻は再びベッドに倒れて目を閉じた。




