とある春の昼下がり side土端
4時間目の終わりのチャイムが鳴った。早々に皆は机を合わせたり、売店や学食へ向かう。
入学式が終わって数日。私は誰かと連むこともなく一人、自分で作ったお弁当を持ち教室を後にした。
お気に入りの場所がある。
中庭とグラウンドを繋ぐ道に置かれたベンチ。そこでお弁当を広げ食べることが楽しみ。桜はもうとっくに散ってしまったが、手入れの行き届いた花壇の花々は美しく、心地よい風とともに静寂が広がる。
教室を離れ、階段までの道のりを歩く。自然と気持ちが晴れ晴れして階段を駆け降り、混み合っている売店を過ぎたころ。前から数人の女が歩いてくる。リボンの色が青なので2年生であることはわかった。
すぐに自分への敵意が感じられる。私は気にせず視線を逸らして女達の横を通り過ぎようとした瞬間、1人の女が前に立ちはだかった。
「あんた、入学式で挨拶した女でしょ」
「一緒に挨拶読んだ風巻くんとどんな関係なの?知ってんならさ、連絡先とか教えてよ」
なるほど、私と一緒に壇上に上がったあの男のことが気になっているのか。女達が色めき立つ見た目なのはなんとなくわかる。ただ、なぜ私があの男と親しいことになっているかは皆目検討がつかない。話したこともほぼないと言っていいのに。
返答するのも面倒くさく、その場を切り抜けようと横に避けて歩こうとしたが違う女が前に立ちはだかった。
「何無視してんだよ。センパイが聞いてんだから答えろよ」
「そーよそーよ!風巻くん、独り占めしていいと思わないでよね!」
どうしよう。
昔からよく絡まれる方だったが、あきらかに面倒くさいタイプだ。だから新入生挨拶なんかしたくなかったのに。
今更後悔しても遅いかとひとつため息を吐いた。すると最初に立ちはだかった女が大きな声で怒鳴り始めた。
「つか、テメエ何イキってんだよ!一年の分際でその髪とスカートなんなんだ?あ?」
らしくもなく少し驚いてしまって顔を上げた。すると廊下の角の向こうに男が2人見えた。1人は渦中の風巻だ。助けるそぶりもなくこちらを伺っている。
「聞いてんのか?」
とうとう1人が痺れを切らし、私の肩をこづいた。
うるさいな。
唯一の楽しみである昼ごはんの邪魔をされ、苛立ちを抑えることができない。
私は決心すると女と目を合わせた。女は初めこそ睨んで来たが、今までの威勢の良さがはたとなくなり、怒りの色をなくしてぼうっとした。そのまま動けなくなり廊下に座り込んだ。まわりの女達は何が起こったかわからず座り込んだ女の周りに集まった。
「ちょっと、カヨ。どうしたの?」
「……」
自分が何をしたか知っている。普通の人間にはない力だということも。私は何事もなかったかのように歩き始めた。行く先には風巻と男がいた。
「やべっ」
男はあからさまに恐怖している。一方、風巻は堂々と立ち私を見据えた。紅い目を恐れることもなくまっすぐ見つめる漆黒の瞳。
背後の女子達の色めき立った声が聞こえた。
「覗き見なんていい趣味持ってるのね。風巻くん」
「たまたま通りかかっただけだ」
「ふーん」
弁当を持っていない方の手でそっと風巻の頬に触れた。少しは照れたり身じろいだりするかと思ったがピクリとも動かない。少し背伸びをして風巻の耳元に唇を近づけると、周りには聞こえない小さな声で囁いた。
「あなたも、人ではないんでしょ」
風巻の指先がぴくりと動いた。図星だと体は素直に反応したのだろう。小さく鼻を鳴らし笑い、風巻から離れて外のベンチへと向かった。