祭りの前のできごと side山本
「かぐや姫や、・・・えっと、うーん?」
「カットカット!ちょっと、山本くん。ちゃんとセリフ覚えてきてよね」
何故か当たってしまった役にしどろもどろな俺。演出とかいう映画でいったら監督みたいな役職の女、もとい佐藤さんにめちゃくちゃ怒られてるのが今。怖すぎて『さん』つけちゃう。いや、やりたいなんて俺言ってねえし。つか、また風巻と一緒じゃねえじゃん。何これ嫌がらせ?
なんて心の中で文句を言っていると違う場面のセリフを入れようとする成田が次に怒られていた。
「お、お、おばあさん。私は、つ、月に・・・」
「ちょっと成田さんも!そんなカミカミじゃだめじゃない!なんでやりたいなんて言ったの?」
「うー」
「うーじゃないの!はあ、出来んのかしら、これ」
他の役の人たちは決して上手いわけじゃなさそうだけど、そつなくこなしてる。いいなあ。俺そういうの苦手。
結局、俺と成田は放課後、居残り練習になってしまった。野球部の練習があるからつったのに、佐藤さんマジギレだからさ。
ピリピリした佐藤さんと3人で猛特訓が始まった。俺が突っかかるとビシッと怒られ、成田が突っかかるとこれまたビシッと怒られ。そうこうしてると帰ったはずの風巻が教室に戻ってきた。
「ん?あ?風巻だ」
「あ?いや、なんか手伝えることあるかなって。暇だし」
「あるある!きゃー!風巻くんがいたらもう百人力よ!」
佐藤さんが今までにないくらいはしゃいでる。風巻すげえ。今にも泣きそうだった成田もキラキラしてる。マンガだったらきっと目がハートになってる。それくらい嬉しそうだ。
まあ、わかるよ。風巻すげえいいよな。カッコいいし、どことなく不思議で、優しいし。俺もこうなりたかったなってまじで思う。
うんうんと感心しているともう1人教室にやってきた。土端だ。この人もまた、風巻とは違うけどどことなく似てるっつーのかな。カッコいいよね。
「成田さん。今日生徒会の会議がある日よ」
「あれ?そうだっけ」
「ちょっと、今稽古中なんだから無理よ」
佐藤さん、風巻が来た時と真逆の反応してる。あからさまに「嫌いです」オーラ半端ない。風巻は気にすることなく、つーか土端たちのやり取りを見ていない。もらった台本を持って俺のところに来るなり「どこからやる?」なんて暢気に聞いてきた。
俺知ってるんだ。風巻ってちょっと場の空気読めないとかあんだよ。天然つーのかな。内緒な。
「あなたに聞いてないわ」
「は?」
土端も負けてない。すげえよな、この女。学校中の女子きっと敵に回してる。なのにめっちゃ強い。こえぇけど、やっぱカッコいいよ。
「あっ、えっと。うん。佐藤さん。私家で練習してくるよ。ごめんね。みんな」
「練習?稽古でしょ!」
いるいる、こういうやつ。なんかすげーこだわり持ったやつ。まあそれは置いといて。成田は台本とカバンを抱えて土端の手を掴むと慌てて出て行った。残された俺と風巻と佐藤さん。風巻はきょとんと出ていく2人を見送った。
「はあ、これじゃ稽古にならない」
「そうか?山本のセリフ入れ、俺と佐藤さんでやったらいいんじゃねえか?」
「風巻くんがそう言うなら」
佐藤さんは大きくため息を吐いたかと思えば、風巻の一声でまた嬉しそうに頷いた。
「よし」と風巻が気合の入った声をあげると台本を広げて俺以外のところを読んでくれた。何度も何度も同じところを繰り返してやってみたけど、どうにも頭に入らない。
「もう!ここまでやってくれてるのに何で入らないの?」
「いや、そう言われても」
「心がなってないんじゃない?もっとおじいさんの気持ちにならないとできないわ!」
おじいさんの気持ち・・・?
知らねえよぉ。なんだよそれ。
俺が落ち込んでいると風巻はふと思いついたように顔を上げた。
「山本。お前さ、多分セリフだけ覚えようとしてねえか?」
「え?そりゃそうでしょ。セリフ覚えろって言われてんだからよ」
「そうなんだけど、前のセリフも覚えたらどうだ?たとえばここ。かぐや姫が「おじいさま、私は月に帰ります」に対して「いかないでくれ、かぐや姫」てなる。因果関係がわかったら覚えられるよ」
「うーん?・・・あぁ、そっか。的当てみたいにぽんぽんコレがきたらコレ、て感じじゃなくてな。なるほどなぁ」
流石というべきか、風巻は本当に人のことをよく見てる。多分ポンポン覚えるのが得意な奴もいるんだろうけど、俺は多分向いてない。
さっきまで文句タラタラだった佐藤さんも大人しく黙っている。というか、尊敬の眼差しを風巻に向けている。俺は風巻が尊敬されたり褒められたりすると、なんか自分のことのように嬉しい。いや、出来の悪い俺がしっかり覚えればいいだけなんだけどな。
そんなこんなでこの日は野球部に行けずにセリフ入れ一色になってしまった。監督と先輩と仲間達には後で謝りに行く羽目になるけど、そんなに嫌な気はしなかった。




