とある春の昼下がり
入学式が終わり、お迎えテストなるものも終わって数日が経った頃。
チャイムが鳴り、昼休みが始まった。学食、売店と中学にはなかったものが溢れ返る高校。自販機に至るまで学生たちは短い昼休みの中、列をなしている。
「くそっ、メロンパンなくなってんじゃん」
1年1組の山本宏太は漸く売店の前に立てたものの、お目当てのものが見つからずがっくりと落ち込んだ。一緒に来ていた風巻は自分のお目当てのイチゴミルクを手に取り、売店のおばさんに小銭を渡しながらケタケタ笑った。
「まあ、そんなもんだよな」
「大体よ、ずるくねえか?3組と4組の間に階段があってさ。一年生は売店から1番遠いし、1組と6組はダッシュしても全然手に入らねえじゃん。あー!バターロールひとつください!」
山本は文句を言いながらもおやつ用のバターロールを手に取り、お金を払うと風巻と早々に行列から離れた。
2人は中学からの同級生で奇跡的に同じクラスになれた。山本の出立ちは風巻とは相反している。短く切り揃えた黒髪をワックスで立たせ、学ランもボタンを開けて中は赤のTシャツといった出立ち。側からみればチンピラに見えなくもない。だが天真爛漫で何事にも挫けない山本のことを風巻は昔から気に入っている。
お昼も食べ終えていたのでふらふらと2人で校内を散歩していると、ふと角の向こうから大きな声が響いた。
「つか、テメエ何イキってんだよ!一年の分際でその髪とスカートなんなんだ?あ?」
風巻と山本は顔を見合わせて声のする方へ歩いた。こっそり顔を出し覗き込んだ先には、数人の女子に囲まれた土端の姿があった。
「おい、あれ。お前と挨拶したやつじゃねえ?」
「あぁ……」
ちらりと見えた女子達のリボンは青色だ。二年生に目をつけられてしまったのだろう。土端と目があったが、あちらは助けを求めることもなく、女子達の怒りが終わるのを待っているようだった。
「聞いてんのか?」
とうとう1人が痺れを切らし、土端の肩をこづいた。次の瞬間、赤い瞳が肩に触れた女を睨んだ。女は金縛りにでもあったように固まり、へなへなと腰を抜かす。
まわりの女子達は何が起こったかわからず座り込んだ女の周りに集まった。
「ちょっと、カヨ。どうしたの?」
「っ……」
「なにしやがったんだよ!この魔女!」
怒鳴る女たちをよそに、土端は何事もなかったように歩き始めた。
「やべっ。こっちく……」
「覗き見なんていい趣味持ってるのね。風巻くん」
慌てた山本には目もくれず、土端はまっすぐ風巻を見据えた。その視線に負けることもなく風巻は冷たい目で自分よりも小さな土端を見下ろした。
「たまたま通りかかっただけだ」
「ふーん」
土端の白く細い指がそっと風巻の頬に触れた。少し背伸びをして風巻の耳元に唇を近づけると山本には聞こえない小さな声で囁き、その場を後にした。風巻はびくともせずそのまま見送った。
「おい、お前すげえな。あんな美女に触れられてよ。なに?何て言ってったんだよ」
土端の姿が見えなくなった瞬間に山本はいつもの調子で話し始めた。風巻は触れられた頬に自ら触れると妙な苛立ちから舌打ちをし、山本の質問に答えることなく歩き始めた。山本は答えない風巻に更に質問しながら追いかける。
教室に着くころ、2人は廊下に張り出されたお迎えテストの結果に生徒が群がっているのを見つけた。立派な筆字で壁一面に30位までの名前が書かれた紙が掲示されている。
少し離れた位置からでも十分に読むことができた。むろん山本の名前はそこにはない。あったのは
2位 298点 風巻悠馬
1位 300点 土端百華
「うわっ。風巻負けてんじゃん。あの女やべえ」
山本のあっけらかんとした声だけが廊下に響いた。