春風のしらせ
教室を後にした風巻はらしくもなく息を切らしながら廊下を駆けた。廊下にいた生徒たちは走りゆく風巻を避ける。階段を駆け降り、中庭に向かう廊下で出会ってしまった。
「どうしたの?」
土端だ。弁当袋を片手に1人風巻の前に立ちはだかった。他の生徒たちとは違い、普段と様子の違う風巻を恐れることなくまっすぐ見ている。
「どけ!」
「勝手に避けたらいいじゃない」
想像もつかない語気の強さに少し怯んだが、フンと鼻を鳴らし威嚇するように土端は言い返した。するとぶわっと風が土端の元へ吹き込んできて、綺麗に結われたツインテールが揺れる。当の風巻は額を抑えわなわなと震えている。一瞬だったが土端は見逃さなかった。風巻の元へ近づくと震える手を掴み、顔を上げさせた。
漆黒の瞳は黄金に輝いている。
「なるほどね」
「っ……放せ!」
「いやよ。こっちに来て」
土端は掴んだ手を離すことなく、すぐ近くの教材室の扉を開けて風巻を部屋に押し込んだ。入るなり落ちていた木の棒で扉が開かないように抑える。
そこは古い教科書や歴史書などが置かれており、教室机と椅子が一つずつ、あとはソファが窓際にあるだけの部屋だ。そこは書物に光を常時浴びせないようにカーテンがかけられていて薄暗い。
ことの他、抗うことなく部屋に入った風巻は、土端の手を振り払うとその場に座り込み頭を抱えた。
「もういい。……俺1人で大丈夫だから、教室もどれ」
「大丈夫に見えないわ」
必死に理性を保ち告げた言葉をいとも簡単に却下され、風巻は顔を上げると苛立ちをあらわにした目で土端を睨んだ。
「いけっつってんだろ!」
「嫌って言ってるでしょ」
「自分でもわかんねえのに巻き込むわけにはいかねえって言ってんだよ!」
「黙ってて」
しゃがみこんだ風巻の横に土端は膝をついて座った。視線がまっすぐ交わる。手を伸ばすとそっと風巻の頭に触れた。思わぬ行動に風巻はぴくりと震える。土端はそのまま優しく頭を包み込むとぎゅっと引き寄せた。
しばらくすると震えていた体は落ち着き、ゆっくりと深呼吸をした。土端は頭をひと撫ですると体を離して顔を覗き込んだ。いつもの漆黒の瞳が力無く見つめ返す。
「おまえ……」
「何でキレたか知らないけど、珍しいわね。あなたが取り乱すところ、学校祭以来だわ」
「……」
「何したのって顔してる」
「だったら答えろ」
「聞き方が嫌い。お願いしてよ」
余韻で息が上がったままの風巻は落ち着くように唾を飲み込み、尋ねてみたが断られて眉間に皺を寄せ俯いた。土端はその場に座り込んだまま風巻の様子を伺っている。顔を上げると風巻はまたすぐに視線を逸らして膝に置いている拳を握った。
「くそっ」
土端は優位に立てたことが嬉しいのかフフンと鼻を鳴らし笑った。風巻はチッと舌打ちをしたがそれ以上は言わず土端の言葉を待った。
「人ではないものの力を抑え込んだだけ。あなたと違って私はそれなりに使いこなせるの」
「悪かったな」
「私から質問。あなたは何者?答えたんだから教えてよ」
土端の質問に苦虫を噛み潰したような顔をして風巻は土端を見たが、自分の髪をぐしゃりと握るとわしゃわしゃと撫でて手を離した。
「知らない」
「ここまで来てしらばっくれるの?」
「知らねえんだよ。何も。じゃあお前は何者なんだよ」
「私?……知らないわ」
「は?」
「おあいこでしょ。あなたも知らないんだから私も知らない」
「喧嘩売ってんのか?」
土端はその言葉にため息を漏らすと、膝に手を乗せゆっくり立ち上がって、扉をとめていた木の棒を取ると扉を開けた。
「いつでもいいわ。わかっていることがあったら教えて。力になってあげてもいいわ」
「はっ。なんだよそれ」
土端は一歩廊下に出ると振り返り風巻と視線を交えた。まっすぐ何も言わず無音の時間が少し流れた。観念したように風巻は立ち上がり、負けたと言わんばかりに苦笑した。
「わかった。もう戻らねえと授業始まってる」
「あなたは少し落ち着いたら来て。一緒に戻ったらおかしいじゃない」
「あぁ……」
土端は安堵したように笑うと、ひらひらと手を振り廊下を歩いて教室へ戻った。




