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月夜のハルジオン  作者: 江川オルカ
番外編
24/111

大魔王と神様③

「ん?あなたがこちらにいらっしゃるとは珍しい」


薄茶色の透き通る長い髪がふわりと風を含んで靡く。紅い瞳は思わぬ訪問者をしっかりと捉えにこやかに出迎えた。


そこは天使たちが集う美しい湖。各々が好きな場所にテーブルや椅子を並べくつろいでいる。永遠に続く春の心地よい風と香りに誘われ、善人の死者たちは天国へ行く道すがら見学するほど、ここは憧憬の路なのだ。


だが、そこに来るはずのない魔のものが1人。大魔王が黒と紫の装束に身を包みながら現れた。

大魔王、彼女はおくるみに包まれた小さな天使を神の前に差し出した。まだ生まれて間もない幼な子の天使が小さな寝息を立てている。


「お前んとこのだろ。迷い込んだのか知らねえけど、地獄の門とこに落ちてたぞ」


「おや?これは。迷惑をかけてすまなかったね」


神は手を伸ばしそっとその天使を受けとり抱きかかえ、そっと幼な子を上にあげる。すると一筋の光が現れ、ふわふわと幼な子は天へと吸い込まれ、あるところでふと見えなくなった。


「じゃ、私は帰る」


「待ってよ。折角だからお茶でもしていって」


「帰る」


大魔王はさっさと帰ろうとしたが、神が腕を掴んでしまった。力でねじ伏せることもできるが、敵陣に1人で来ていることもあり、大魔王は悪態をつくだけにして引き剥がそうとするが上手くいかない。ここまでくると神は全く折れない。しかたなく向かいに腰を下ろす。

神はテーブルに置かれた紅茶セットを並べ、丁寧にカップに紅茶を注ぎ、マカロンを二つ皿に乗せて大魔王の前に並べた。


「どうぞ。あなたの口に合えば良いけれど」


「ふん」


冷たく突っぱねるが、大魔王は内心は嬉しかった。恐ろしい見た目ではあるがやはり女の子で、甘いものや可愛らしいものは好きなのだ。神はそれを知っていて、素直には喜ばずとも嫌がっていないことだけでも嬉しくにこやかに微笑んだ。大魔王はマカロンを一つ口に含むとしばらくおとなしく咀嚼し味わっている。


「おいしいかい?」


「うるせ」


「ふふっ。可愛いなぁ」


神はテーブルに肘をつき、頬杖をしながら大魔王の様子を楽しく見つめていた。当の本人は気にするそぶりもなく、紅茶を飲みながら周りの景色に視線を向けた。


「なあ」


「ん?」


「お前らってずっとこんなとこにいて、つまんなくねえの?」


「じゃあ逆に聞くけど、君たちはあんな真っ暗なところにいて、つまらなくないのかい?」


「つまるつまらねえの話じゃねえよ。あそこしかいられねえんだよ」


「ふふっ、同じだよ。僕や君の様な特別なものは行き来できるけれど、普通の天使や悪魔は行くだけで命懸けだ」


大魔王はそれ以上話さず、もう一つのマカロンを口に含んだ。漆黒の長い髪が柔らかな景色を割くようにふわりと揺れる。そして大魔王は一度姿勢を直すとしっかりと神に向き合った。


「人の世は、どちらもあるんだろ?」


「そうだね。どちらもあるってことはつまり、とても辛いってことだよ」


「……そうか」


「心配?」


「何が?」


その一言で大魔王からただならぬ殺気が放たれた。簡単に返答したように見えて、周りでくつろぐ天使たちは殺気を感じてささっと木陰に隠れてしまった。

神は小さく笑うと首を横に振り「なんでもない」と告げ、その話を終えた。そのあと綺麗なナプキンを取ると残りのマカロンを包んで大魔王に差し出した。


「よかったら、キミのとこの悪魔たちにも食べさせてあげて」


「はっ。こんなもん食ったら浄化しちまう」


「だったらキミが食べて」


「っ……。しょうがねえな。もらってやるよ」


大魔王は乱暴に受け取ると立ち上がった。内心はとても甘くて美味しいマカロンをもらえて嬉しかったから、どこか上目線に答えながらすぐに懐にしまい、その場から一歩離れるとぶわっと黒い翼を広げた。


「じゃ、またな」


「ええ、また」


黒い翼は風を起こし、地から浮くとそのまま飛び上がりその場を去っていった。

神は一口紅茶を飲むと飛び去った方角を見つめ、困ったように笑い見送った。すると周りの天使たちがこそこそと木陰から出てきていつものように素敵な歌を響かせ始めた。

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