配達員またはお嬢様 side立花
初めまして。私は松波家の御令嬢、土端百華様付きの執事をしております、立花恭二と申します。私はもうすぐ40歳を迎えようとしております。あまり見えないみたいですが。まだまだ若輩者ゆえ、修行が足りないのかもしれません。
百華様と初めてお会いしたのは、私がこの屋敷に来た時になりますので、10年ほど前でしょうか。幼い頃よりとても聡い方であられましたよ。愛らしく、西洋人形のようだと、パーティなどの集まりでは皆に持て囃されておりました。
おっと。失礼。私の悪いところが出てしまいました。百華様の義父でいらっしゃる私のご主人様はなかなか忙しい方でしてあまりご自宅にはいらっしゃいません。幼い頃よりずっと百華様の側に仕えていたので、恐れ多くも私は百華様を娘のように思っていて、つい話が長くなってしまいます。
その百華様ですが、高校にご入学されてから少し様子が変わられました。
以前は人との関わりを断ち、物静かな方でいらっしゃったのですが。先日、生徒会の副会長になられたと聞いた時は、本当に驚きました。同時にとても嬉しく思いました。百華様がご学友を作り、楽しんでいらっしゃるところを想像するだけでとても幸せな気持ちになります。
話は戻りまして。
先日、荷物が届いた時の話です。
配達員と百華様が何やら話していたのです。監視カメラでその様子を私はバッチリ見てしまいました。最近、人を拒まなくなったとはいえ、私としましては誰彼構わずお話しされるのは少し不安です。
帰ってきたお嬢様の元にすぐ駆けつけました。
「百華様!」
「っ?な、なによ。珍しく慌てて」
「い、いえ。失礼しました。その、何もありませんでしたか?」
「何が?」
きょとんと見上げる百華様の素敵な紅い瞳。本当に美しい!
いえ、そうではなくて。
私は一つ咳払いをするとまっすぐ百華様を見ました。
「知らない人と話してはいけません!」
「なんの話?わけわかんない」
今までキョトンとしていた表情が一変。眉間に皺を寄せ不服そうに私を見て、着ていたコートを投げつけるように渡すとすぐに自室に帰ってしまいました。
やってしまった。
コートを抱えながら衣装部屋に行き、丁寧に埃を落としてハンガーにかけ、しまうと私はその場に崩れるように座り込みました。
怒らせてしまった。百華様にあんな目をされるのは本当に心苦しい。謝りに行くべきか。いや、また怒られたら。
と、悶々と悩んでいるところに部屋着に着替えた百華様が、ノックもせずに入ってきました。
「あのさ」
「はっ、はい!」
私は慌ててすくっと立ち上がり、襟元を正して向き直りました。ふんわりした白のワンピースに薄い翡翠色のセーターを羽織ってらっしゃいます。
部屋着!やばっ!かわいすぎ!天使!
鼻血が出てもおかしくない状況。ですが私はプロですから、そんなヘマは致しませんよ!でも、心なしか百華様の目が冷ややかなのは気のせいでしょうか。
「キモい」
「え?」
「んーん、いいや。あのさ、明日の午後3時なんか予定あったっけ?」
「明日は夕方から梅田ご夫妻との会食が入っているのみです」
「……ねえ、4時まで帰ってくるから出かけていい?」
「どちらへ?」
「そこの公園」
「なぜ?」
「いいでしょ、別に」
伝えることだけ伝えると、百華様はそれ以上言わずに部屋から出て行ってしまいました。
これは、尾行すべきか。否、そんなことしたら犯罪。いやいや。執事たるもの百華様を守らねば。
次の日、午後2時半。百華様がお出かけ用の着替えを済ませ、小さなカバンを持って出かけようとしていらっしゃいました。いつものようにコートを出してお持ちした際に「付いてきたら絶交」と言われたので大人しくお留守番しました。えらい、私。絶交されたらもう生きられませんから。
午後4時。機嫌を損ねた百華様が帰宅なさいました。
「なによ、来やしないじゃない」
鞄を床に叩きつけ、その場に捨てて百華様は部屋に籠られてしまいました。
私が本当の義父ならば、いや、兄でもいい。なんなら弟でも。お話を聞いて差し上げられたのに、と悔やみがいっぱいでしたが、私は仕事に戻る他なかったのです。




