入学式 side風巻
中学校の卒業式翌日。第一希望の高校の合格発表。今は学校に行かずともネットで確認ができるので行かなかった。俺は高校のホームページを探し、あらかじめ与えられていたIDとパスワードを入力して確認した。
合格
自分の部屋で小さくガッツポーズをした。むろん落ちるつもりはない。
すると数分もたたずに家の電話が鳴った。夕飯の買い出しに行っていて俺以外家には誰もいなかったため階段を駆け降りて電話に出た。
「風巻くんがお住まいのおうちで間違いありませんか?」
はい、と返事するやいなや、すぐに電話の主である初老の男の声は歓喜に変わる。
「この度は合格おめでとう。つきましては入学式で是非、新入生代表挨拶をしてもらいたいんだが、いいかな?」
自分が誰なのか伝え忘れているその男はつらつらと要件だけを述べるとこちらの返事を待っていた。
つまり、入試でトップだったと言うことだろうか。大体こういうものは成績で決まると聞いたことがある。
断る理由もないので俺は承諾した。
そして入学式前日。高校に呼び出されおそらく電話をしてきた初老の男、もとい教頭の案内でそのまま校長室に案内された。ノックをして扉を開けてもらうと校長は椅子から腰を上げた。
「きみが今年の新入生代表かな?」
優しく微笑みかけながら校長は話しかけてきた。俺はすぐに頭を下げた。
「はじめまして」
「うんうん、聞いてるよ。とりあえずここに座って」
再び頭を下げるとカバンをソファの横に置いて腰を下ろした。その直後、コンコンとノックの音とともに扉が開き、男の教員がすこし困った様子で入ってきた。
「校長先生」
「ん?」
「新入生代表、もう1人が、その……」
続きを話そうとしたとき、横から派手な女が1人、挨拶もなく校長室の扉の前に立った。すでに制服は着崩され、髪は地毛なのか染めたのかわからないが、薄茶色のくるくるとした長い髪が背中まで降りている。それよりも何より目を引くのが紅い瞳だ。コンタクトをしている、とは思えない。
女はじろりとあたりを見渡し、俺を見つけるとフンと鼻を鳴らした。馬鹿にされたとすぐにわかった。無性に腹が立った、が、俺は視線を逸らすだけにとどめる。
「他の人がいるんだったら私はやらなくていいですよね」
思ったよりも甘くほんのり低い声。見た目に反してチャラい感じはなく、落ち着きのある雰囲気と毅然とした態度が印象的だった。
「いやいや、せっかくの機会だ。私としては君にもやってもらえたらと思うんだけどなぁ」
連れてきた教師とは裏腹に、校長は穏やかに笑いながら話しかけた。校長に促されるまま教師と教頭は出て行った。そのまま女を招き入れ、女は俺とは違うソファに腰を下ろすと、校長が差し出してきた紙を2人各々眺め、難なくその場は終わった。
「失礼しました」
俺は頭を下げて校長室を退室した。途中から来た女、もとい土端は当然のように俺が開けた扉から礼もなく出ていった。
声をかける理由もなかったので玄関まで土端の数歩後ろをついていく。礼儀はなっていないが芯の通ったしっかりとした歩きだ。
借りたスリッパを脱ぎ、来客用の下駄箱から靴を取り出した時、同じように靴を取り履こうとする土端と目が合った。一瞬時が止まったように感じたのは気のせいだろうか。案の定、冷ややかな目でこちらを見ただけですぐに逸らされた。
俺はこの女が嫌いだ、そう思った。
見た目に反して、というより準じて、礼儀のないやつだと思ったからだ。初めから敵意を向ける相手にわざわざ俺から折れてやる必要はない。
入学式当日は難なく過ぎ去った。何事もなく淡々と。
そして俺の高校生活があの女によってまた一つ波乱を呼び、始まるのだった。