配達員またはお嬢様
「風巻、お前はこっち配達しておけ」
「はい」
年の暮れ、ちらりちらりと雪が降っている中、風巻は配達のバイトをしていた。二学期の期末テストも終わり、残すは三学期の学年末テストのみになり、少しばかり暇な12月を有意義に過ごそうと思ったからだ。
施設にいられるのも後2年弱。高校を卒業するときに少しでも自分の資金を持っておきたいからだ。
バイトは至ってシンプル。
冬休みに入る前までは土日のみで倉庫内の荷物の仕分け。今は冬休みに入り、社員と一緒にトラックに乗り、お歳暮やら遅れたクリスマスプレゼントやらを配達する仕事をしている。
路肩にトラックが止められ、言われた荷物を伝票と照らし合わせ抱えると書かれた住所の方へ持っていく。
リンゴーン
鉄格子の門のある大きな邸宅。荷物を壁と腹で押さえてチャイムを鳴らした。チャイムの音からして既にお金持ちの風格が出ている。
「はい」
「ミドリカメ運送です」
「お待ちください」
程なくして邸宅から1人のスーツを着た男が出てきた。すらりと高身長な男は白手袋を嵌めていて絵に描いたような身なりだ。執事は鉄格子を開けて荷物を受け取ると早々にしめた。
風巻は一息つくと踵を返し、トラックの方へ戻ろうとしたところで声がした。
「私の家になんの用?」
いるはずのない聞き覚えのある声に風巻は驚き振り向いた。そこに立っていたのはふわふわとした白いロングコートを着た土端だった。
「え?お前の家?」
「そうよ。それよりあなた何してるの?そんな格好で」
風巻は伝票と表札を見比べた。書かれている名前は「土端」ではなく、「松波」とあることを確認する。その様子を見て、土端は何故か自信満々な笑みを浮かべた。
「不思議でしょ」
「別に。仕事あるから」
与えられた荷物のことを思い出しそれ以上話す時間を作れないと、風巻は伝票をポケットにしまいその場を後にしようとした。
だが、すかさず土端が風巻の前に立ちはだかった。
「なんだよ」
「興味なさすぎじゃない?」
「人様のお家事情なんか知ってどうすんだよ。話したいなら別だが」
「話したい」
「は?」
土端から聞いたことのない素直な返しに風巻は気の抜けた声を出してしまった。当の土端はどこか寂しげに下を向いてもじもじと自分の手を握っている。だが、すぐにいつものようにフンと鼻を鳴らし笑うと顔を上げ、風巻の横を抜けてインターホンを鳴らした。
「冗談。お願いされても話してなんかやんないよ」
インターホンの向こうからさっきの執事の声が聞こえた。土端は「私」とだけ告げただけで相手は理解したのか「少々お待ちください」と言って通話を切った。
風巻はそのやりとりが途切れた瞬間、土端の腕を掴んだこちらを向かせた。
「なに?」
突然のことに土端は、驚きを隠せず普通の女の子のように少し怯えた。だが、らしくないとすぐにいつもの調子で何かを言い返そうとした瞬間、話し始めたのは風巻の方だった。
「明日、13時。第二公園で休憩する。休憩時間は30分」
「だから何よ」
「何でもない。ただ俺の予定を言っただけだ。じゃあな」
鉄格子の向こうから執事の姿を捉えると、風巻は手を離しトラックのある方へ駆けていった。




