暑い夏のベンチで side山本
「甲子園もいけねえ弱小校となんでやんなきゃいけねえんだよ」
真夏真っ只中。優れた野球少年たちは甲子園で汗を流しているに違いない。
俺の所属する野球部は県の中でも三本の指に入る弱小校。対する相手校は惜しくも甲子園を逃した強豪校だ。
向こうからわざと聞こえる声でこちらに喧嘩をふっかけてきた。2年の先輩たちは苛立ちを隠さず、相手校の連中を睨んだ。
「よし、せっかくの機会だから色々見て学べ」
「はい!」
現代史の先生、兼、監督の中本監督の号令で皆各々の位置についた。
残念ながら、俺はまだスタメンにもなれないベンチ。まあ、楽しいからいいんだけどさ。
相手もウチも、3年生は引退している。でも風格っつーのかな。相手校の連中は格が違う。
試合が始まって5回表、すでに相手は6点。ウチは0点。また相手の攻めになったのできっとまた点数を入れられてしまう。
「いれたれ!いれたれ!」
「肩慣らしにもなんねえよ」
相手校からは変わらず、見下した言葉ばかりが飛び交ってくる。
「くそっ、言われっぱなしかよ」
「一点は入れたいよな」
先輩たちは監督と話し合いながらフォーメーションも変えつつ、戦い続けている。
俺も、何かできたらいいのに。
5回表ではまた2点入れられて、裏に突入した。
負けは決まっている。
先輩たちは一生懸命バットを振るが、ストライク、ファウルばかり。とうとう2アウトになってしまった。練習試合もここまでか。
「山本、お前が行ってこい」
「え?」
監督が突然俺を指名した。
ん?他に山本っていたっけか。
「練習試合だが打ってみたいだろ。なに、気楽に行ってこい」
確実に監督は俺を見ている。
監督に促されきょとんとしていると同期や先輩たちからもいけいけと背中を押され、いつのまにかバッターボックスにいた。
「さっさと終わらせちまえ!」
「一回くらい打たせてやれよー!」
相手校からは馬鹿にしたヤジが相変わらず飛び交っている。ピッチャーもほとんどやる気がないのかニヤニヤしながらキャッチャーに一応のサインを送る。
ストレート
ベンチでずっとみていたから、わかる。普通はわからないらしいけど。相手校もやる気がなくてサインも簡単なものしか出さない。というかストレートしか投げてない。なんだこれ。
ボールがピッチャーの手から離れた。俺は勢いよくバットを振った。
「ストライーク!」
当たることなくキャッチャーの手にボールは収まった。
もう一度ストレートを投げてきた。次こそ!
「ストライク!」
「山本!がんばれ!」
同級生や先輩たちが応援してくれている。でも、うまく打てない。
だってよ、ピッチャーすげー早い球投げんだよ。ナメてまっすぐしか投げてこないくせにさ。
悔しい。
俺はバットをぎゅっと握り直した。するとふと何か聞こえたような気がした。
――大丈夫、打てるよ
誰だろう。何かに背中を押されるような感覚があった。なんでかわかんねえけど、できる気がした。
ピッチャーは勝ちを確信したのか最後に緩めなストレートを投げてきた。
カキーーーン
ん?
力一杯振ったバットに感じたことのない重みが加わった。そのまま勢いよく振った。
「ホームラン!」
「うおおおお!」
審判の声とともに自分の打った球がどこに行ったのかわかった。ボールはバットに当たり、ピッチャーの上をまっすぐ飛んで柵を越えて行ったようだ。
「走れ!山本!」
仲間達から喜びの声があがる。俺は嬉しさと感動で震えてしまう拳を握り全速力で塁を駆け抜けた。
そんなこんなで試合終了。
相手校が勝った。当たり前だよな。
ただ、一点入れられたことは本当に嬉しかった。
試合も終わり、片付けを終えると仲間達と荷物を持ち学校を後にしようとしたところ、見たことのある背中を正門のところで見つけた。風巻も帰るところだったようだ。
「おーい!」
「おう」
仲間達を置いて駆け出し、風巻のところまで走った。野球の道具が重いがそんなことは気にならなかった。
「講習会お疲れ。俺さ、今日ホームラン打ったんだ!」
「あぁ、あれお前だったのか。おめでとう」
風巻は、小さく驚くとすぐに優しく微笑んだ。俺も嬉しくてニコニコが止まらなかった。




