9.常識
カルノーの街へ向かう馬車が動きだしそれなりの時間が過ぎていた。
出発前にはまだ低い位置にあった太陽も既に真上にある。
「馬の休憩のために一度止まります。ついでに長めの昼食の時間としましょう」
御者がそういい馬車が止まる。
道路の横には川が流れており周囲には青草が生えている。これなら馬たちもゆっくりとできるだろう。
ソルは座るのにちょうど良さそうな岩を見つけそこに腰掛ける。鞄から奥方が作ってくれた昼食を取り出す。この間の朝食に出たものと同じものだ。
よくよく考えてみればこの料理は携帯食に向いているのかもしれない。パンに干し肉と野菜を挟みソースをかけるだけなので作るのは簡単だし持ち運びも楽だ。それに食べるときも手が汚れにくい。あと単純に美味い。
「どうしたんですか? そんなにパン肉を眺めて」
「パン肉?」
そういえばこの料理の名前も知らずに食べていた。パン肉か。思ったよりシンプルな名前だな。家庭料理と言っていたしそんなもんなのだろうか。
「そんなに好きなんですかそれ?」
フレンはパンをかじりながらそう言う。
「これ美味いからな。毎日食べたいくらいだ」
「そんなにですか。ならたまに作りましょうか? ソースの材料は多分どこでも手に入りますし、保存も利きますし。旅にはちょうどいいでしょう」
ソルはほーと感心したような顔をしパン肉を食べ始める。
半分ほど口にしたところで動きが止まる。
そしてパンを食べるフレンの方を向き
「フレン、このソース作れるのか?」
「そりゃ家庭料理ですし」
ソルは何を思ったのか残っているパン肉を全て口に放り込む。そのままフレンに近づき彼女の手をパンごと握りしめる。
「ありふぁとふふぁれん! きふぃがついふぇきてふれてふぁんとうにほふぁった!」
「な、何ですか急に! ち、近いです! あとなんて言ってるかわかりません!」
フレンから離れ口をもきゅもきゅと動かしそのまま一気に飲み込む。
「フレン着いてきてくれてありがとう! キミが来てくれて本当によかった!」
「なんか嬉しくないです」
「はっはっは。お二人は仲がよろしいですな」
御者がそう言いながら近づいてくる。
馬たちはそれぞれ川の水を飲んだり草を食べている。
「お茶でもいかがですか? といっても水を沸かすところからですが」
御者は馬車から壺と薪、そしてお茶のための道具を持ってくる。
手際よく水を沸かす準備を進めるが、薪に火をつけるところで躓く。薪が少し湿っていたようだ。
それならばとソルは立ち上がる。
「火なら任せてくれ」
ソルは御者にかわって薪の前に立つと
「ファイア」
ためらいもなく魔法を使った。
薪にはしっかりと火がついておりしばらくすれば水は沸騰するだろう。
少し後ろに下がっていた御者は「おみごと!」と拍手をしている。
もちろん褒められるとそんなに悪い気がしないソルだったが、フレンがそれを許さなかった。
フレンは無言でソルに近づき肩を叩く。
「どうしたんだ?」
「なんで魔法をつかったの?」
(笑顔だけどなんかこわい……)
しかしながら何でと言われても火をつけたかったからだという回答しかソルは持ち合わせていない。ソルにとっては使えるものを使っただけで魔法を扱えるものからすると異常な行動である自覚はない。
不思議そうな顔をするソルを見てフレンはため息をつく。
「いいですか? 普通の人間はおいそれと魔法を使いません。魔力には限りがあるからです。もちろん街中で安全が確保されている状況ならまた話は違いますけど、少なくともこんないつモンスターに襲われてもおかしくない場所では使いません。あなたはちょっと特別なので問題はないでしょうけど、目立ちたくないんでしょう? アラモネでも隠してたみたいですし」
御者がいることを配慮してか‘勇者’という単語を使わずフレンは話す。
「わかったら私以外の人がいるところでは不用意に魔法を使わないこと。わかりましたか?」
「はい!」