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求婚ですか、魔王さま!?  作者: よみせん
天使と悪魔と生け贄プロポーズ
4/39

俺、狙われる

 

「んふふ。はるひと、おいしーね!」


 アメジストの瞳を輝かせて、銀髪の幼女 (さんびゃくさい)はきらっきらの笑顔を浮かべた。ツインテールがピョコリとゆれる。相変わらず可愛らしいが、間違えると逮捕されそうだから対応が怖い。


「はいはい、美味しいね」


 俺は、もちもちのほっぺたについたクリームを拭ってやりながら答えた。


 時刻は午後四時前。


 俺たちは駅の前にあるファミレスに来ていた。家から歩いて十分ほど。

 いろいろ聞かせてもらうのだからと、ギブアンドテイクで連れてきたのだ。


「む……イチゴ、とれない」


 幼女はさくらんぼのようにつやつやの唇をとがらせ、グラスの底のあたりをスイーツ用の細長いスプーンでつついた。


「……」


 俺はちらりと相手に目をやった。


 パニエでこれでもかと膨らませたドレスからは黒タイツに包まれた短い足が覗いている。

 繊細な刺繍のほどこされた漆黒のレースが、濃い紫のドレスにふわりとかぶさっていた。

 どこまでいってもフリルまみれな、ゴテゴテドレスである。


 サテンのリボンがついたぺったんこの胸元では、小ぶりなドクロのネックレスがカタカタと不満そうに顎を鳴らしていた。


 自らを魔界最強の存在だと名乗ったちびっこ。


 そいつは今、ファミリー席のシートの向かいで自分の頭ほどもあるパフェと格闘していた。グラスにはでかいイチゴがこれでもかとのっている。


 ちなみにベルの存在は、トメばあ以外にも認識されていないらしい。


 ドリンクバーを二つ頼んだら店員に変な顔をされたが、何も言われなかった。ベルが騒いでも特にトラブルもない。本当に俺以外にはコイツの姿が見えないみたいだ。


「魔王ねぇ……」


 コーヒーに口をつけつつ、窓の外に目をやった。

 待ち合わせ中の人々が立っている広場と、それを挟んだ奥には駅の改札口があり、通勤客が次々と吐き出されている。


 いつもどおりの光景を目の前にして、その言葉を口に出している自分はおかしいというか、ちょっと恥ずかしいというか。


「なあ、ちょっと聞きたいことが……」


 パフェに夢中なちびっこから、なんとか聞き出した結果をまとめるとこうだ。


 いわく、ベルは次代の魔王『候補』である。


 今代の魔王はそろそろ消えてしまうらしい。他にも何人か候補はいるが、後継者選びが始まる前に人間界までやってきた。なんと、俺に会う為だとか。


「いそがしくなるまえに行ってきていいってじーやが言ったからいいの!」


 と、本人は言っているものの、本当に信じていいのやら。

 なんせ五歳児(自称:さんびゃくさい)である。ちょっとこじらせた、どっかのお偉いさんの娘という線もありえるわけで……


「だからはるひと、ベルがおよめさんになってもいいでしょ?」




 俺は、飲んでいたコーヒーを噴き出した。


 気管に入ったのは言うまでもない。思いきり咳き込んだ。

 店員の白い目を気にしながらそそくさとテーブルの上を拭く。


 ジトリと向かいの幼女を見やった。

 幼女は銀のツインテールを期待で揺らし、こちらの反応をうかがっている。もちろん上目遣い。ついでに足もパタパタ動いていた。


「う……」


 だからあざといんだよお前! ……許すけど。



「いや『だから』って何だよ!?……そもそもなんで相手が俺なんだ。あと、ベルには結婚なんてまだ早い」


 五歳だぞ? どこでそんな言葉を覚えてきたんだ。

 おじさんは悲しい。


 小さな女の子はこてんと首をかしげた。ツインテールの先がゆるりと困ったように揺れる。

 しばらく考え込むと、パッと笑顔を見せた。


「うーんとね……なんかね、はるひとがいいの!」


「なんか!?」


 何となくかーい。

 ちょっと違和感はあるけど、あれか。ちびっこがお兄さんに憧れるやつか。……なるほど理解した。


 パフェのグラスは空っぽになっている。


「そろそろ店出るか」


 頬をぽりぽりとかきながら俺はこたえた。まあ、好かれて嫌な気持ちはしないが。



「はるひと、あそこのくまさん、見てきてもいい?」


 広場の中央に立つ銅像を指さしてベルが言った。曇り気味の空の下、幼女の無邪気な声が響く。アメジストの瞳がキラキラと輝いた。


「おー、人いるから気をつけてな」

 

 三十メートルほどしか離れておらず、見通しもよい。俺は店の前で駆けていくベルを見守ることにした。あれ、そういえば。


「……天気、悪いな」


 少し、あたりが暗くなってきている。灰色の雨雲はゆっくりと空を覆いつつあり、湿気った雨の匂いが立ちこめた。


 これは、




「降りそうねえ」


 そういって、首筋にひたりと冷たいものがあてられた。



 ゆったりとした低めの声。


 辺りに静けさが漂い、背中を冷たいものが流れた。逃げろと本能が訴える。頭の中で警鐘が鳴り響き、腕には鳥肌がたった。悲鳴を必死に噛み殺す。


 何とか、肺に残った空気をしぼりだした。


「……ああ、洗濯物を取り込まなくちゃな」


 強ばった笑みを浮かべ、視線を横にずらす。



 女が立っていた。

 俺の首元に手を寄せて、小さく微笑んでいる。その瞳は閉ざされていた。


 額のまん中で分けた、ウェーブした長い金髪。耳の辺りに垂れている一房だけ、黒々とメッシュが入っている。


 身につけているのは白いシンプルなドレス。豊かな胸のあたりで切り返されたエンパイアラインからは、上品にシフォン生地が揺れ、足元は隠れていた。駅前の真ん中でこんな格好をするだろうか。


 明らかに異様な雰囲気の女性に対して、通りを行く人々は見向きもしない。


「そう、あなたが」


 女が彫刻のように整った花顔(かんばせ)を近づける。吐息がかかり、柔らかに膨らんだ胸からは微かにいい匂いがした。


「っ!」


 あわてて顔を背ける。あまりにも綺麗だったから。

 明らかにヤバいと理性まで叫んでいるのに、心臓がバクバクして、頬が熱くなっているのを感じる。


 なに、おかしい奴ってキョリまでおかしいの!?


「……」


 女は話さない。閉じた(まぶた)でじっと俺を観察しているだけだ。黙って見られるだけ。これは、けっこう辛い。


「……」


 とうとう気まずい沈黙に耐えかねて、何か言わなければとパニックになりながら口を開いた。


 金髪に、白いドレス。神々しい雰囲気。



「あ、あんた、天使みたいだな」






 変化は、劇的だった。



 間近でカッと黄金(きん)の瞳が見開かれる。狂った視線が俺を通り越して彼方(かなた)をさ迷った。


「ああ、ああ、ワタシはワタシに感謝しなければ。やはり神などあてにならない。これもワタシのオボシメシです」



 くすり、と。


 つり上がった口元からは鋭い犬歯が覗いた。こらえきれないほどの威圧感があふれ、体の震えが止まらなくなる。全身を突き刺すような空気が襲った。


 俺の首に添えられた女の細い手には、いつのまにか、ほの暗い光を放つ(つるぎ)が握られていた。


「遅ればせながら、こんにちは。虚ろな聖杯のお兄さん。そして、さようなら」


 ふわふわと足元がおぼつかない。

 ああ、俺はここで終わるのか。……小説やマンガの世界みたいに、生まれ変わって楽しくやれるといいな。


 暗い光が、力が入らず辛うじて立っている俺の視界を満たしていく。


 ぼんやりと、こいつの持ってる剣、SF映画で観た光る剣みたいだなーなんてのんきなことを考えて、





 刹那。


 耳元で、電流が弾けるような音。



 灰色の世界が反転した。

 鮮やかな色彩がゆっくりと戻ってくる。



「うわっ!?」


 しりもちをついた俺の目に、ぽつんとクマの銅像が立っている広場と、人通りの無い駅前の様子が映った。


 見上げた金髪女の手からあの恐ろしい剣は消えていた。背後をじっと見つめている。俺も視線の先を追った。


 幼女は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。差しのべた指先にはどこまでも透き通る、深い闇が集まっていた。


 銀のツインテールが向かい風にはためく。


 人形のごとく動かぬ表情。

 小さな身には切り裂かんばかりの冷気を宿し。出会ったときから無邪気だったアメジストの瞳が、凍えた色をはらむ。

 フリルたっぷりのドレスが夕闇に溶け込み、その妖しさを増した。


 全ての感情をそぎ落とした、人間とは思えない様子。

 その姿は、俺の知る彼女とはかけ離れていた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 平坦な声が耳を打った。






「はるひとからはなれて」


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