第十四話 護衛
ジークたちが境界の森を進んでいた頃。
要人の護衛を担当することとなっていたクルタたち三人は、ギルドに呼び出されていた。
これまで保安上の都合で伏せられていた警護対象の詳細が、いよいよ明かされる時が来たのである。
重要人物だとは聞いていたが、果たしていかなる人物なのか。
クルタたち三人は、揃って緊張した面持ちでマスターの言葉を待った。
「それで、お前たちに護衛してもらう対象なんだがな」
「誰なんだい?」
「聖十字教会の聖女様とお付きの司教様だ」
「そりゃまた……!」
予想していたよりも、さらに数段上を行く重大任務だった。
聖十字教団の聖女ともなれば、その権力は大国の王にも匹敵する。
まして、司教までもが同行するとあればなおさらだ。
もし万が一のことがあれば、ギルドと教団の間で戦争でも起きかねない。
「教団の方からも、腕利きの騎士を何人か護衛に付けるそうだが……君たちにも全力を尽くして欲しい」
「もちろん! 聖女様を誠心誠意、お守りするよ!」
「任務に不足なし」
「腕が鳴るってもんだ。しかし、聖女様か……」
そう言うと、ロウガさんは軽く腕組みをしながら顎を擦った。
聖十字教団の聖女ファムは、大陸でも屈指の美女と名高かった。
健康な男としては、一度はお目にかかってみたかった相手である。
――もしこの任務をうまくこなせば、ひょっとすると聖女様と良い感じになれるかも。
ロウガがそんな妄想に浸っていると、その背をパシンッとニノが叩く。
「こんな時に何を考えているんですか?」
「ははは、すまんすまん!」
「まったく……」
すっかり呆れ顔をするニノ。
ベテランの余裕か、はたまた単に危機感がないだけなのか。
彼女がやれやれと肩をすくめたところで、クルタがマスターに尋ねる。
「それで、ボクたちはこれからどうすればいいのかな? 先方が来るのを待って、合流すればいいのかい?」
「うむ、実はなのだがな。警護については、ある程度距離を保ってほしいそうなのだ」
「何でまた? それじゃ、いざっていう時にすぐ駆け付けられないぞ?」
「今回の聖女様の来訪は、あくまでも秘密裏のこと。大々的に護衛をつけて、目立ちたくないらしい」
「ですけど……」
どうにも渋い顔をするクルタ。
自身の腕に自信がないわけではないが、やはりどうしても距離があると危険は大きくなる。
そして、ラージャの街は決して小さな田舎町などではない。
それなりの数の建物が存在する都会であり、時には聖女一行が視界の外に出てしまうこともあり得た。
「聖女様自身、強力な神聖魔法の使い手だ。傍に控える司教殿も、剣の達人だという。よほどのことがない限りは大丈夫という判断なのだろう」
「そうはいっても、矢で狙い撃ちなどされたら困るだろう?」
「そのリスクは当然あるわけだが……。どうも、こちらをあまり信用していないようでな」
「むむむ……! それって、ボクたち冒険者のことを下賤の輩とか思ってるってこと?」
ギルドの長年の尽力もあって、高ランク冒険者はそれなりの社会的地位を得ていた。
しかし、冒険者の中には素性の知れない流れ者なども多い。
貴族や権力者たちの一部は、そのことから冒険者を下賤の者として嫌っていた。
「いや、そういうわけではない。教団の方で、何やらごたついているようでな。ひょっとすると裏切者が出るかもしれないということで、可能な限り聖女様に人を近づけたくないらしいのだ」
「裏切者? そいつは穏やかじゃねえな。いったい、何が起きてるんだ?」
「そうだね。あの聖十字教団に限って、そんな」
「……私もさすがに詳しいことまでは知らん。教団内部でも、一部の者しか知らされてはいないことらしいからな。言っておくが、君たちもこのことを絶対に漏らすんじゃないぞ」
声を低くして、凄みを効かせるマスター。
万が一にも情報漏洩が起きた場合は、ギルドの代表として『相応の処置』を取るつもりなのだろう。
その迫力に、クルタたちは揃って深々と頷いた。
「聖女様は明日、一般の依頼人を装ってギルドを来訪される予定だ。私が合図を出すから、ギルドを出たらすぐに警護を始めてくれ」
「わかった。それで、聖女様は何日ぐらいこっちに滞在する予定なの?」
「それについてはこちらの情勢次第といったところだ。あまり長くなるようであれば、ギルドの方から交代の人員を用意させてもらう」
「了解、さすがに根回しがしっかりしてるね」
「当然だ。もし何かあれば、私の首どころじゃすまないからな」
そういうマスターの声は、平静を装ってはいたが微かに震えていた。
もし、聖十字教団の聖女に万が一のことがあったら。
想像するだけでも恐ろしい事態である。
最悪、ラージャの街が物理的に消失しかねない。
クルタたちにも、その緊張感はすぐに伝わったのだろう。
彼女たち三人は、ただ黙って深々と頭を下げた。
「じゃあ、そろそろ失礼します」
「ああ、くれぐれも頼んだぞ」
こうして執務室を後にしたクルタたちは、廊下に出てすぐにやれやれとため息をついた。
厄介な依頼になるという予想はしていたのだが……。
まさかこれほど重要なものだったとは、思いもしなかった。
「いよいよ、きな臭くなってきたな」
「ですね。魔族はもちろんですが、教団内部でもめ事があったなんて」
「ま、組織なんてものはデカくなりゃ揉めるものさ。それよりも俺は、これほどの大事が俺たちに任されていることの方が不思議だ」
そう言うと、何事か考え込むようなしぐさをするロウガ。
言われてみれば、これほどの一大事である。
クルタたちも十分に高ランクの冒険者だが、こういう時こそS級の出番であるはずだった。
「……単に、目立つからでは? 普段はいないS級冒険者がいれば、悪目立ちするでしょう」
「あー、そう言えば今朝も聖騎士がめちゃくちゃ目立ってたからね」
人に囲まれたウェインの姿を思い出しながら、ポンと手を叩くクルタ。
良くも悪くも、S級冒険者というのは個性が強い。
隠密性を求められる仕事には、およそ向いているとは言い難かった。
しかし、ロウガはまだ腑に落ちないのか煮え切らないような顔をしている。
「それだけの理由かねえ……」
「ま、何にしてもボクたちは聖女様を守るだけだよ」
「そうだな。ははは、燃えてくるじゃねーかよ」
そう言うと、陰鬱な気分を吹き飛ばすかのように笑うロウガ。
その声は、人気のない廊下に大きく響くのだった――。