第五話 草原のゴブリン王国
ラージャの街の西に広がる境界の森。
大陸を東西に分割するこの森なのだが、南北にまっすぐ伸びているというわけではない。
西側から東側に向かって、張り出すようにして広がっている。
そしてその弧の外側、ラージャから見て北西の方角にラグドア平原は広がっていた。
境界の森のほとりにあるだけあって、比較的強い魔物がいる中級者向けの狩場だ。
「おおー、広いですね!」
ラージャの街を出て、歩き続けること数時間。
朝の涼やかな風も温まった頃。
俺たちは地平線の果てまで広がるような大平原に到着した。
どこまでも続く緑の稜線は、見ているだけで気持ちが晴れ晴れとしてくるようだ。
「平和な景色じゃないか。ここにグラスゴブリンどもがいるのか?」
顎に手を押し当てながら、怪訝な顔をするライザ姉さん。
確かに、凶暴な魔物がいっぱい潜んでいるって気配はしないな。
寝転がって昼寝したくなるぐらい、のどかで穏やかな雰囲気だ。
「間違いない。この私を指名して依頼が入ったんだ、ギルドもきっちり調査をしているだろう」
「だが……」
「ウェイン様、あちらに何か見えます!」
先行していたウェインさんのパーティメンバーのたちが声を上げた。
小高い丘の上から平原を見渡していた彼女らは、早く早くとばかりにジャンプしながら手招きをする。
よほど凄いものを見つけたのだろうか、反応がやけに大きい。
俺たちはすぐに、彼女たちに向かって小走りで移動する。
すると――。
「こりゃあ……すごいな」
「集落ですね。立派な塀まで作ってますよ」
「三百……いや、五百はいるな」
平原の一角に、グラスゴブリンたちの立派な集落ができていた。
丸太の塀で囲われた区画に、草を葺いて造られた大きな家々が立ち並んでいる。
ゴブリンたちのお手製らしく、作りは原始的だが規模はなかなかのもの。
ちょっとした村……いや、街ぐらいの規模はあるな。
中でも奥にある家は大きく、床を上げた高床式になっている。
「ここまで成長した集落は初めて見るな。どうする、私も参加して三人でやるか?」
そう言って、俺とウェインさんに視線を向けるライザ姉さん。
今回は俺たち二人の勝負ということで、姉さんはあくまで審判役に徹する予定だった。
しかし、ここまでゴブリンたちの勢力が増しているとなると……。
俺は少しばかり嫌な予感がしたが、ウェインさんはやれやれとばかりに言う。
「たかがこの程度の数のゴブリンに、この聖騎士ウェインが恐れをなすとでも? これでも私は、一年前にはワイバーンの群れを討伐したこともあるんだ」
「その通りです、ウェイン様の実力を甘く見ないでください!」
ウェインさんに同調して、盛り上がる少女たち。
サポーターだの何だの言っていたが、彼女たちはウェインさんのことを信頼しているらしい。
さすがはSランク冒険者、この程度の相手など恐れることはないってことか。
「ならば私は、この丘から様子を見守っていよう」
「お願いします」
「よし、決まりだな。では狩りをする前に改めてルールの確認だ」
そう言うと、ウェインさんは改めてゴブリンの集落を見渡した。
そしてその入り口を指さすと、ニヤッと口元を歪めて言う。
「我々の目的はあのゴブリンどもの殲滅だ。それが終わった後、どちらがより多くのゴブリンを倒したかで競うぞ。とにかく数が多い方の勝利だ」
「なるほど、シンプルですね」
「これでもし君が勝てば、正式に仲間として認めてあげようじゃないか。せいぜい頑張りたまえ」
「じゃあ、ウェインさんが勝った場合は?」
俺がそう尋ねると、ウェインさんは何故か噴き出してしまった。
彼はわかってないなとばかりに両手を上げると、子どもに言い聞かせるような調子で言う。
「私はSランク冒険者だよ? 勝って当然の立場だ。だから勝ったからと言って、特別に何かを求めたりはしないよ」
白い歯を見せ、二カッといい笑顔をするウェインさん。
俺に負ける可能性なんて、万に一つも考えてはいないのだろう。
その表情は自信にみなぎっていて、眩しく思えてしまうほどだ。
むむむ……何だか闘志が湧いて来たぞ!
たとえ勝つことは難しくても、このまま見下されっぱなしというのも気に障る。
それに、あの姉さんが勝てるといったんだ。
俺は、俺が勝てるといった姉さんの言葉を信じる……!!
「……負けません!」
「ほう?」
「そう簡単には負けませんよ、俺は」
「ははは、いい気迫だ! いい勝負にしよう!」
そう告げると、ウェインさんは俺たちに向かってウィンクをした。
彼はそのまま斜面を滑るようにして駆け下りていく。
そして集落の前までたどり着くと、その門に向かって強烈な飛び蹴りをかました。
鎧を着たウェインさんの身体が、さながら砲弾のように宙を貫く。
白い軌跡はたちまち木製の門扉を吹き飛ばし、集落の広場に着地した。
ドンッと腹の底に響く低音が、ここまで伝わってくる。
「しょ、正面から突っ込んだ!」
「ウェイン様、さすがです!!」
「素敵です、ウェイン様!!」
「はははははっ!! ジーク君も早く来なければ、私がすべて倒してしまうよ!」
そう言うと、ゴブリンたちを軽やかに切り飛ばしていくウェインさん。
このままだと、本当にすべて倒すのも時間の問題のように見えた。
こりゃ、俺も急がなきゃ!!
けど、真正面から行ったらウェインさんの戦いに巻き込まれちゃいそうだな……。
集落の周囲を見渡した俺は、奥の大きな家の向こう側に出入口らしきものを発見する。
「よし、俺はあっちだな。ね……ライザさん、見ててくださいね!」
「ああ、任せておけ」
こうして俺は、ゴブリンの集落に向かって駆けだすのだった――。