六話 第一回お姉ちゃん会議
ジークことノアが教会からの依頼を受けていた頃。
ウィンスター王国にある彼の実家では、姉妹たちが集まっていた。
多忙な五人が全員揃うのは、約一年ぶりのこと。
本来ならば姉妹水入らずで、和やかな雰囲気となるべき日である。
しかし今日、彼女たちは荒れに荒れていた。
「あなたたちがついていながら、どういうことですの!」
金の巻き毛を振り乱し、吠える少女。
彼女の名はアエリア。
五人姉妹の長女にして、大陸屈指の大商会フィオーレを率いる若き会頭だ。
今日は忙しい職務の合間を縫い、久しぶりに帰ってきたのだが……。
家に残っていたライザとシエルから、弟のノアが家出をしたと聞かされた。
彼女にとっては、まったく寝耳に水の話である。
「シエル、あなたどうして無理にでもノアを止めなかったんですの!? 最悪、魔法で拘束することぐらいできたでしょうに!」
「そりゃ可能だけど、ノアにそんなことしたくないわよ! 姉さんは簡単に言うけど、その手の魔法って一歩間違うと危ないんだから!」
「じゃあ、ノアが外に出るのは危なくないって言うんですの!? あの可愛いノアが、今ごろは魔物や悪党に襲われているかもしれないんですのよ!!」
「……まあまあ二人とも落ち着きましょう! 姉妹で言い争っても益はありません!」
アエリアとシエルの間に割って入る、白い修道服姿の少女。
彼女の名はファム。
五人姉妹の三女にして、大陸全土に広がる聖十字教団の聖女だ。
「ノアの家出は大きな危機です! しかし、だからこそ私たち五人は団結してこれを乗り越えなくてはなりません。かつて英雄ヘリオスは、三人の息子たちをそれぞれ矢に例えて――」
「長い。眠くなるからパス」
気だるげな様子で、ファムの長話を無理やり断ち切った蒼髪の少女。
彼女の名はエクレシア。
五人姉妹の五女にして、大陸でもっとも有名な芸術家の一人である。
「エクレシアに言わせれば、姉さんたちが厳しすぎ。ノアが逃げたのも仕方がない」
「なっ!? あなたもこれには賛成していたではありませんか!」
「そうよ! 父さんと母さんが死んだ時、五人みんなで相談して決めた教育方針でしょ!」
「私も心苦しいですが、ノアを強くするためには厳しさも……」
「確かにそう。でも限度がある」
そう言うと、エクレシアはじとーッとした目でライザを見た。
非難めいた視線を向けられたライザは、すぐさま身を乗り出して反発する。
「わ、私だって好きでノアを痛めつけていたわけじゃない! 本当は手取り足取り、優しく丁寧に教えてやりたかった! よくやったと褒めてやりたかった! だがな、それをしていては本当の強さは得られん。戦うために何より重要なのは、根性だからな! つらく厳しい訓練を乗り越えてこそ、不屈の精神を得られるのだ!」
拳を振り上げ、熱弁を振るうライザ。
しかし、それを見ていたエクレシアは不機嫌そうに眉を顰める。
「出た、ライザの脳筋理論」
「脳筋とはなんだ、脳筋とは! そういうお前だって、大して頭は良くないだろう!」
「ライザよりは良い。九九も全部言える」
「そ、それなら私だって時間を掛ければ……!」
「じゃあ、九×三は?」
「くっ……!」
「……低レベルな争いはやめなさい! 二人とも五十歩百歩ですわよ」
呆れたように呟くアエリア。
二人は恥ずかしくなったのか、すぐに争うのをやめた。
こと知力においては、二人が束になったところでアエリアの足元にも及ばないからだ。
「とにかく、今はノアの居場所を見つけるのが最優先ですわ」
「ええ、一刻も早く保護しなくては」
「ノアの実力ならよっぽど大丈夫だとは思うがな。ドラゴンに襲われても切り抜けるだろう」
「そうね。魔法も徹底的に叩き込んであるから、生きていくだけならどうとでもなるはずよ。心配なのはむしろ……」
急に深刻な顔をして、何やら言いにくそうにするシエル。
途端に四人の視線が彼女へと集まった。
それに急かされるようにして、シエルはトクンと唾を飲む。
「ノアが成功して、モテるかもしれないってことよ!」
刹那、室内の空気が凍り付いた。
四人はたちまちのうちに石化し、言葉を失う。
数秒の静寂の後。
何とか状況を理解したアエリアが、素っ頓狂な大声を出した。
「い、いけませんわ!! ノアに近づいていい女は、私たち姉妹だけでしてよ! それ以外の有象無象などもってのほか!」
「ええ! ノアに彼女が出来たりしたら……! 神よ、御救いください!!」
「むぅ……他の女など認めん、絶対に認めんぞ!」
「断固拒否、絶許!」
ああだこうだと、口々に騒ぎ立てる姉妹たち。
本人には決して告げないが、彼女たちのノアへの愛情は半端なものではない。
必要と判断すれば、その身を捧げることすら躊躇わないほどだ。
「そうならないためにも、急ぐ必要があるってことよ」
「では、私はすぐに商会へ戻って指示を出しますわ。みなさんも、それぞれに情報収集を開始しましょう!」
「了解しました。神よ、どうかお導きを……」
「これは気合を入れて、事に当たらねばな」
「一休みしたらすぐ出かける」
三々五々に返事をする姉妹たち。
最後に、アエリアがとりあえずその場をまとめる。
「また時間が取れ次第、五人で集まりましょう。ノアが見つかるまでの間は、できれば週一ぐらいで情報交流の時間を持ちたいですわ」
「それがいいと思うけど、アエリア姉さんは大丈夫なの?」
姉妹の中で最も忙しいのが、大商会を率いるアエリアである。
その予定は分刻みで、週一とはいえまとまった時間を取ることはかなり困難なはずだ。
なにせ、貴族ですら多忙を理由に面会を数か月も待たされるほどなのだから。
「平気ですわ。ノアのためでしたら、予定ぐらいどうとでもしますわよ」
「さすが。じゃあ、また来週ね」
「それまでに見つかるといいのだが……」
「大丈夫です。信じる者は救われます」
「やれること、やるだけ」
こうして五人は、ノアを探し出すべく本格的に動き出すのであった。
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