二十二話 嵐
「はむ……!」
恐る恐る、姉さん特製のビーフシチューを口へと運ぶ。
すると……意外なほどに美味しかった。
一口大の肉が口の中でほろほろと崩れて、肉汁が溢れ出してくる。
とろりとした肉のゼラチン質が、これまたいい味わいだ。
しかも、これほど濃厚であるにもかかわらずしつこさは全くといっていいほどない。
「おおお……!!」
あまりの美味しさに、俺は思わず感嘆の息を漏らした。
まさか、姉さんがここまで料理上手だったとは……!
よくぞこれだけのビーフシチューを、野営先で作り上げたものだ。
そりゃ、自信満々にもなるはずだ。
「姉さん、すごいじゃないか! 本当においしいよ!」
「ふふ、そうだろうそうだろう!」
「ボクにもちょっと貰えるかな?」
「もちろんだ」
器にたっぷりとビーフシチューをよそってもらったクルタさん。
彼女はすぐさまスプーンを手にすると、はふはふと言いながら口に運んだ。
その途端、大きな目が幸せそうに緩む。
「んんーー! 美味しい、悔しいけどこれは負けたかもなぁ……」
「これが私の実力というやつだ。うんうん」
「俺にも食べさせてくれよ」
「私も欲しいわぁ。よだれが出てきたで!」
「そうですね、このままみんなでご飯にしましょうか」
ロウガさんたちも加わり、そのまま夕食が始まった。
それにしても、旅先でこんなにおいしいものが食べられるとは!
自然と会話も弾み、幸せな空気がその場に満ちる。
いよいよ明日はラズコーの谷に到着する。
あのスライムをどう処理するかはまだ未定だが、恐らくはかなりの重労働が待ち受けていることだろう。
今のうちにしっかりと休んでおくことは重要だ。
俺の場合……谷底へ行くだけでも結構大変だしな。
「あ、そう言えば! ニノのサラダを忘れていたじゃないか!」
ここでふと、姉さんが思い出したように言った。
シチューが美味しすぎてすっかり忘れていたが、そう言えばそうだった。
当のニノさん本人もうっかりしていたのか、少し慌てた様子で出してくる。
いつも冷静な彼女にしては、少し珍しい感じだ。
「どうぞ」
「いただきます!」
特製のドレッシングをかけると、俺たち四人はほぼ同時にサラダを口へと運んだ。
すると――。
「からぁっ!! それに、なんか変に苦い!」
「おま、野菜を何で洗ったんだ!? 石鹸か何かか!?」
「あかん……吐きそう!」
「わっ! ケイナさん!!」
あまりの味に、阿鼻叫喚の地獄が現出した。
ケイナさんに至っては、何かを口から吐き出そうとしてしまっている。
ま、まさか……ニノさんがこういうタイプだったとは。
完全な伏兵状態だったな。
うう、俺もちょっと気持ちが悪くなってきた。
とっさにポーションを取り出すと、それをみんなにも手渡す。
「ふ、ふぅ……恐ろしいものだった」
「ああ。まさか、谷に着く前にこんなことになるとはな」
ポーションを飲んで、少し顔色が良くなる俺たち。
一方で、サラダを作った当人であるニノさんは少し不満げだ。
「……そんなにマズいですか、私のサラダは」
「えっと……そうだな。個性的な味ではあったな」
はっきりとは言いづらいのか、少し誤魔化した表現をするロウガさん。
大人だなぁと感心するが、顔色の悪さからマズいのは明らかであった。
それどころか、血の気が失せた唇からは味の悪さを通り越した危険さが伝わってくる。
「私も食べてみます、味見はしましたが何か変わっているかもしれないので」
そう言うと、サラダを口に運ぶニノさん。
まさか、彼女の感覚だとこのサラダが美味しいのか……?
前に一緒に食事をした時は、そんなにズレているとは思わなかったんだけどな。
俺はとっさに、ニノさんのことについて詳しそうなクルタさんへと視線を向けた。
すると彼女もまた、わからないとばかりに困惑した顔をする。
そして――。
「……これは、最後に入れた&$%(!!」
「ニノさん!?」
何事か呟きながら、白目をむいてひっくり返るニノさん。
い、一体最後に何を入れたって言うんだ……!?
いや、それよりもまずは手当てをしないと!
「ええっと、水! 水を持ってきてください!」
「わ、わかったよ!」
「私は気付け薬の準備しとくわ!」
――〇●〇――
「まったく、ニノも人騒がせだな!」
「失礼しました。最後に間違った材料を入れてしまったようで」
それから数十分後。
無事に意識を取り戻したニノさんは、俺たちにぺこりと頭を下げた。
やれやれ、ひとまずは大したことがなくてよかったよ。
「しかし意外だったね。ニノが全く料理できないなんて」
「……お恥ずかしい限りです」
「というか、普段はどうしてたのさ? 街に居る時は外で済ますにしても、依頼で出た時とかさ」
「ああ、それなら俺がほとんど作ってたぜ」
え? ロウガさんが?
それはちょっと予想外だな、料理とかやらないタイプだと思ってたのに。
俺が感心したような顔をすると、ロウガさんはわかってないなとばかりに肩をすくめる。
「最近の男は料理の一つぐらいできねえとモテないからな」
「……ああ、なるほど」
「ロウガはすべてがそこに直結するよね」
「お、男の人生なんてのはな! 女にモテれば九割幸せなんだよ!」
ロウガさんの主張に、どことなく冷たい視線を返す女性陣。
……俺もあんまりこうなりたくはないなぁ。
そんなことを思っていると、姉さんが切り出す。
「そういうことなら、あとで少し料理を教えてやろうじゃないか」
「……ありがとうございます」
「それなら、ボクも手伝うよ。ニノはボクの妹みたいなものだし」
「お姉さま!!」
興奮したニノさんは、そのままクルタさんに抱き着こうとした。
だがここで、彼女はおやっと瞼を擦る。
「いけませんね、興奮しすぎて何だか目がちかちか……」
「あれ? なんか俺も……光りましたね」
空が一瞬、白くなったような気がした。
まずいな、変なものを食べたせいで幻覚が見え始めているのか?
念のためポーションをもう一本飲んでおこうと考えたところで、轟音が天を震わせる。
これは……雷だ!!
「雨?」
「……おいおい、嫌な予感がしてきたぜ」
記録的な大雨でもない限り、ラズコーの谷が水で溢れるようなことはない。
マスターはそう言っていたのだが、逆に大雨が降れば水で溢れるのである。
再び響いた雷鳴を聞いて、俺たち五人の顔が強張る。
バリバリという音の感じからして、先ほどよりもかなり近かった。
「……急ぐぞ! 野営は中止だ!」
「ええ!!」
こうして俺たち五人は、急いでラズコーの谷へと走るのだった――。
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