十九話 危険なスライム
「……ひとまずこっちへ来てくれ。例のスライムについての話をしたい」
俺の動揺を遮るように、マスターが言う。
そうだな、とりあえずは……例のスライムのことを優先したほうがいいだろう。
シエル姉さんが来たからと言って、即座にギルドへ調べに来るとは限らないし。
このラージャは冒険者の聖地とも言われる都会である。
その中から俺一人を見つけ出すなんて、姉さんと言えどそうそう簡単ではないだろう。
一応、念のため偽名も使っていることだし。
時間の猶予は少しぐらい……あるはずだ。
「……わかりました。じゃあ、いきましょうか」
「俺たちも参加していいか? この前はいなかったがよ」
「ああ、もちろん構わない。有力な冒険者の助けは少しでも欲しいところだ」
こうして俺たち四人は、ギルドの応接室へと移動した。
ここでようやく、少し調子を戻したケイナさんが語りだす。
「……んっと。あんたがうちの研究所に依頼を出したマスターやな?」
「ああ、そうだ。君も、ケイナ君で間違いないね?」
「もちろんや。この白衣の紋章、魔法研究所のもんでまちがいないはずやで」
ケイナさんは白衣の胸のあたりを撫でた。
よく見ると、そこにはフラスコを模したような紋章が刺繍されている。
何らかの付与魔法が施されているのであろう。
ほんのわずかにだが、紋章が青い光を放っている。
「失礼しますね。……はい、間違いありません!」
虫眼鏡で紋章の確認をした受付嬢さんが、グッと親指を立てる。
それに対して、ケイナさんは当然とばかりに鼻を鳴らした。
「あたり前やろ。それで、スライムについてやったっけ? ライザから簡単な話は聞いとるで」
「おお、ならば話は早い。実はもともと魔物の分布が乱れていたのですが――」
改めて自体の説明をするマスター。
彼の話を一通り聞くと、ケイナさんはふむふむと興味深げにうなずく。
「じゃあ、事前調査依頼はもう済んどるんやな? 資料はもうまとまっとる?」
「はい! もちろんです!」
「問題のスライムのサンプルはあらへんの?」
「それもありますよ!」
「ならそれも持ってきて。できるだけ早めに頼むわ」
先ほどまでのふにゃふにゃとした様子はどこへやら。
ケイナさんは実にテキパキと指示を飛ばしていった。
そして一通りのことを終えると、改めて俺たちの方を見やる。
「さてと、準備が整うまでの間にもっと詳しい話を聞かせてもらいましょか」
「はい」
「特にライザは、そのスライムの酸を浴びた当事者や。たっぷり話を聞かせてもらわんとなぁ?」
「ああ、もちろん構わないが……」
妙に含みのある顔で告げるケイナさん。
その額には、うっすらと青筋が浮かび上がっていた。
ああ、これは……!
どうやらケイナさん、姉さんにひどい目にあわされたことを根に持っていたようだ。
だからここで質問攻めにでもして、仕返しをするつもりらしい。
姉さんもすぐにそのことを察したのか、声がわずかに震えていた。
「じゃあまずは、スライムの大きさや色について教えてくれへんか」
「あ、ああ」
こうして姉さんが質問攻めにあうことしばし。
資料の準備をしていた受付嬢さんが、ようやく応接室へと戻ってきた。
これは……すごい量だな!
俺たちは受付嬢さんが持ってきた資料の山を見て、たまらず息を呑んだ。
グラグラと揺れるそれは、まさしく圧巻の量である。
百科事典十冊分ぐらいはボリュームがありそうだ。
しかし、ケイナさんはその圧倒的な物量に臆することなく言う。
「ありがとさん! これをもとに、もう少し詳しく聞かせてもらおか」
「ま、まだ質問事項があるのか!?」
「せやで。他の三人にも、聞きたいことがあるで」
げ、俺たちにもか……!
ニタァッとどこか愉しげに笑ったケイナさんに、背筋が震えた。
これは……かなりの長丁場を覚悟しないといけなさそうだな。
うぅ、シエル姉さんのことも考えないといけないんだけどなぁ……!
「……逃げられなさそうだな」
「ははは……覚悟を決めるしかなさそうだね」
苦笑するロウガさんとクルタさん。
ニノさんもまた、口にはしないが非常に渋い表情をしていた。
そんな俺たちのことに構うことなく、ケイナさんは容赦なく質問を投げかけてくる。
「えっと、まずは――」
こうして、質問に答え続けること数十分。
俺たちがすっかり疲弊したところでケイナさんの表情が曇って来た。
彼女は試験管に入ったスライムの欠片を見ながら、眉間にしわを寄せ渋い顔つきをする。
何だろう、このスライムはもしかして……それほどにヤバいものなのか?
だんだんと険しくなる彼女の表情に耐えかねたように、マスターが尋ねる。
「それで……どうなんですか?」
「これはかなりマズいことになったかもしれへん」
「そんなに危険な種だったんですか」
「……ちょっと、水を持ってきてもらえへんやろか?」
「あ、はい!」
ケイナさんに促され、受付嬢さんが桶に一杯の水を持ってきた。
すると彼女はスライムの入った試験管の栓をおもむろに開き――。
「それっ!!」
チャポンッと気持ちのいい音がして、スライムが水へと入った。
だがその次の瞬間、俺たちは思わず目を疑った。
親指の先ほどしかなかったスライムが、あっという間に水を吸いつくし巨大化したのだ。
「な、なんだこれは……!?」
「百倍……いや、千倍ぐらいに膨れたぞ!?」
「おいおいおい……なんだこりゃ!!」
桶からあふれ出し、なおも増えようとするスライム。
その異様な姿を見て、俺たちはたまらず悲鳴を上げるのだった――。
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