十七話 完成と劇薬
「んぐ……わっ!」
椅子から転げ落ちそうになり、思わず変な声を出してしまう。
しまった、ついつい寝ちゃっていたか。
窓の外を見やれば、既に空がぼんやりと白み始めていた。
だいぶ疲れてたみたいだな、結構長いこと眠ってしまった。
「けど、ほぼできたんだよな……!!」
徹夜で作業を続けること二日。
俺はとうとう、付与魔法を九割近くまで完成させることができた。
いやぁ、ここまでは本当に大変だった……。
アイデアを思い付いたはいいけれど、それを具現化するための調整に思いのほか手間取った。
特に、瞬時に液体を凍らせるのが難題だった。
魔法の威力が高すぎると、自分自身を凍らせてしまう危険があったからなぁ。
「あとはコイツに魔石の魔力を入れて……」
作業台の上に刻まれた魔法陣。
ちょうどその中心に、俺は三つの魔石を置いた。
うち二つは、この工房にあったものを譲り受けた。
そしてもう一つは、俺が前に仕留めたマグマタイタスのものである。
温度の調整をするうえで、熱を操るこの魔物の魔石は都合が良かった。
温めることができるのならば、それを反転させれば冷やすこともできるのだ。
「王冠より王国に至る道、光は返りて智慧を示す。東の賢者は黙して語らず、西の愚者は雄弁を振るう。我は――」
詠唱をしながら、仕上げの作業を進める。
魔石がにわかに液状化し、魔力の超流体と化した。
神々しいまでの光を放つそれは、ゆっくりゆっくりと衣へ吸い込まれていく。
こうしてしっかりと魔力を吸い込んだ衣は、闇に浮かぶ金色の光を帯び始めた。
それにやや遅れて、三重の魔法陣がほんの一瞬だけ浮かび上がる。
上手く付与魔法を掛けることができた証拠だ。
「よっしゃ!! ……おっと」
開放感から声を上げたところで、慌てて口を閉じる。
いけないいけない、時間のことをすっかり忘れていた。
いくら老人の朝が早いとはいえ、この時間ならマリーンさんはまだ寝ていることだろう。
今ので起きたりは……していないかな?
「ふぅ、あぶないあぶない……。さてと、俺もそろそろ寝ようかな」
思い切り伸びをしながら、大あくびをする。
俺もそろそろ身体が限界だな。
疲労しすぎて、逆に目が冴えるような変な感覚がある。
これは早いうちに何とかしないと、明日どころか明後日に響いちゃうぞ。
「……これを姉さんに渡すのが楽しみだなぁ」
俺はそうつぶやきながら、工房を後にするのだった。
――〇●〇――
「できましたよ、付与魔法!」
数時間後。
目を覚ました俺は、さっそくクルタさんとマリーンさんに報告をした。
するとたちまち、彼女たちの表情が明るくなる。
「すごいじゃないか! その様子だと、うまくいったんだね?」
「ええ! ばっちりだと思います!」
「ふふふ、よく頑張りましたねぇ。良ければ私にも、それを見せてもらえないかしら?」
「はい、もちろんいいですよ!」
俺はすぐさま衣を取り出すと、マリーンさんの前に差し出した。
すると彼女は懐から虫メガネを取り出し、衣の様子を仔細に観察する。
その目つきは真剣で、俺の仕事ぶりを確かめているかのようだった。
「……あなた、いい師匠を持ちましたね」
「はい?」
「付与魔法の術式に一切無駄がないわ。普通、自己流の癖があったりするものなのだけど……あなたの師匠が丁寧に矯正したのでしょうね」
言われてみれば……。
付与魔法の練習をしていると「ここが無駄」とか「これは非効率」とかよく言われたなぁ。
付与自体はできているから問題ないと、その時は反発していたけれど……。
今思えば、俺に効率の良いやり方を教えてくれてたんだろうな。
あの口の悪さはなかなかひどいんだけども。
「それに、この付与は三重でしょう? あなたぐらいの年で習得しているなんて、本当に珍しいわ」
「あはは……そうですかね? これぐらい普通だって言われてきましたけど」
「これで普通なら、世界中の魔法使いが失業してしまいますよ」
そう言うと、俺に衣を返してくれるマリーンさん。
もともと一流の魔法使いだったであろう彼女の眼から見ても、それなりに仕上がっていたようだ。
あとは……実際に使って検証するまでだな。
「クルタさん。ちょっとお湯を持ってきてもらえますか?」
「いいけど、もしかしてそれを試す気かい?」
「ええ。いざという時に使えなかったら困りますから」
「だったら、もっといいものがあるよ」
そう言うと、ニヤァっといたずらっぽい笑みを浮かべたクルタさん。
いったい何があるというのだろう?
自信満々に出て行った彼女を、俺とマリーンさんはしばし待つ。
そして――。
「ほい! これを見てごらんよ」
「なんですか、この赤い液体は」
「ふふふ……竜血薬だよ」
げっ……!!
それはまた、とんでもないものを持ち出してきたな!
竜血薬と言うのは、大型の魔物討伐に使うきわめて強力な劇薬だ。
あらかじめ刃に塗っておくと、傷口から魔物の身体を少しずつ溶かしていくような代物である。
これを使ってしまうと、武器自体も使えなくなるという欠点があるが……。
耐性を持たない魔物なら、切り札となるようなものだ。
「よく持ってましたね……」
「これでもAランク冒険者だからね。これぐらいは」
「でも……テスト相手としては、これ以上ないですね」
竜血薬の瓶を受け取ると、すぐさま栓を開けた。
だがしかし、次の瞬間――。
「おい、大変だぞ!!」
ロウガさんがひどく焦った顔をして、部屋に飛び込んできたのだった。
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