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十六話 ライザと氷の橋

 ジークが付与魔法のために四苦八苦していた頃。

 ライザはラージャの遥か東方、大河ロナウのほとりまでやってきていた。

 馬車で一週間ほどかかる道程を、わずか一日足らずで駆け抜けてしまったのだ。

 無尽蔵の体力と強靭な足腰のなせる業である。


「いつもよりも水かさが多いな……。どうしてだ?」


 流れゆくロナウを見ながら、はてと首を傾げるライザ。

 天気は快晴、風は爽やか。

 大地はよく乾き、およそ雨の降った形跡はない。

 しかし、ロナウの水位は彼女の記憶にないほど高かった。

 川縁の草地が水に沈み、広い湿地帯のような様相を呈してしまっている。


「……ん? おーーい、ちょっといいだろうか?」


 たまたま通りがかった土地の者らしき男。

 ライザはそれを呼び止めると、どうしてこんなことになっているのか事情を尋ねる。

 すると男は、遥か水平線の彼方で輝く何かを指さした。


「あそこにけったいな氷の橋ができてなぁ。川の流れが一部せき止められちまったんだよ」

「氷の……橋?」

「そうさ。いやー、はたから見る分には綺麗なんだけどよ。おかげで水が増えちまって困ってるんだ」

「馬鹿な、氷で橋などできるか!」


 男の言うことを一笑に付したライザ。

 極寒の地ならばいざ知らず、この周辺の気候は温暖。

 氷で橋などできるはずがなかった。

 しかし男は、少々ムキになって言う。


「俺は見たんだよ! あんたも見てくるといい。そりゃあもう立派な橋が、河にかかってるぜ」

「そこまで言うのならば、行ってみるか……。ありがとう、呼び止めてすまなかった」


 そう言って男と別れたライザは、彼が指さした氷の橋へ向かって歩いた。

 光を反射する物体は次第に大きくなり、やがて蒼く巨大な氷壁が姿を現す。

 大河ロナウをまっすぐに貫くそれは、氷の橋と呼ぶのが相応しいものであった。


「ううむ、まさか本当にあったとは……」


 橋の前で足を止め、首を捻るライザ。

 自然にできたものではないはずだが、一体だれがどのような目的でこれを造ったというのか。

 一見して美しい橋であるが、その存在はあまりに不可解であった。

 まさか、魔族が何かしらの目的をもって作成したのか?

 ライザはひとまず剣を抜くと、そのまま橋を渡って対岸のダームを目指す。

 蛇が出るか、鬼が出るか。

 氷の上を渡る彼女は、いつになく慎重であった。


「……無事についたな。何だったんだ?」


 あっさりと走り抜けてしまったライザ。

 港からその対岸まで掛けられた氷の橋。

 いったいこれにどのような意味があるというのか。

 ライザはすぐさま街の様子を確認するが、特に異常が起きている様子はなかった。

 しいて言うならば、港の男たちの顔がやや暗いくらいのが気になるぐらいだろうか。


「ちょっといいか?」

「何だい」


 ライザが声をかけると、男たちは不機嫌そうな声で返事をした。

 ほのかに漂ってくる酒の香り。

 どうやら彼らは、昼間だというのに酒を飲んでいたらしい。


「あの橋はいったいどういうものなんだ? 何か知らないか?」

「あれか? まったく困ったもんだよ。川を渡るために、魔法使いの嬢ちゃんが造ったんだが……一日経っても溶けなくてなぁ」

「魔法使いの嬢ちゃん?」

「そうそう。おかげで商売あがったりだよ。ま、もともと魔物のせいで船は止まってたんだがな」


 魔法使いの嬢ちゃんと聞いて、逡巡するライザ。

 嬢ちゃんと形容されるような魔法使いで、これほどの大魔法が使える存在。

 それについて、ライザは一人だけ心当たりがあった。

 ……まさか、彼女がここまで来ているというのだろうか?

 ライザは男たちに、恐る恐る尋ねてみる。


「その女は……シエルと名乗っていなかったか?」

「ん? ああ、確かそんな名前だったな」

「そうそう、賢者シエルとか言ってた。賢者様がこんなとこ来るわけないし、嘘だろうけどな」

「やはりそうか!! あいつめ、ノアの存在を嗅ぎつけたのか……?」


 そう言うと、ライザは思い切り顔をしかめた。

 シエルの目的地はほぼ間違いなくラージャだろう。

 となれば、そこにいるジークと再会してしまう恐れがある。

 もしそんなことになってしまえば、とても厄介なことになるのは明白だった。

 最悪、ジークを家に連れ帰すかもしれない。

 この場所からラージャまでは、馬車でおよそ一週間。

 まだ少し時間はあるが、余裕があると言えるほどでもない。


「これは一刻も早く研究員とやらを連れて戻らなくてはな……。情報ありがとう、感謝する!」


 足早にその場から立ち去ろうとするライザ。

 しかし彼女は、ふと何かを思い出したのか男たちの方へと戻ってくる。


「そう言えば、あの橋のせいで商売あがったりとか言ってたな?」

「ああ。航路を塞いじまってるからな」

「そうか。ならば、私が何とかしよう。あれを造ったのは私の妹だからな」

「何とかって、どうするんだ? あの氷は、恐ろしく硬くてなかなか溶けないぞ?」

「斬るまでのことだ」


 ライザは橋の前へと移動すると、腰を低くして剣を構えた。

 ――抜刀。

 目に映らないほどの速さで刃が振るわれ、大気がキィンと硬質な音を響かせた。

 それに遅れて、巨大な真空の刃が飛び出していく。

 水面を裂いた風はそのまま橋脚をも切り裂き、橋を真っ二つにした。

 氷の橋はそこから決壊するようにして崩れ、増水した川の流れに呑まれていく。


「これでいいだろう。ではな」


 シエルの後始末を済ませると、ライザはそのまま風のように去っていった。

 あとに残された男たちは、ただただ呆然と呟く。


「さ、最近の娘っ子は一体どうなってるんだ……!?」



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