十四話 目指すは賢者の付与魔法
「ふふふ、ばっちりだったよ!」
それからしばらくして。
俺たち三人が家の前で待っていると、満面の笑みを浮かべたクルタさんがやってきた。
お隣さんとの交渉は、よほどうまくいったらしい。
鼻歌交じりで、ずいぶんとご機嫌な様子だ。
「もう魔法使いとしてはずいぶん前に引退してるから、好きに使っていいって。工房にある魔石とかも適当に使っちゃって構わないとか」
「おお!! 太っ腹ですね!」
材料については手持ちで補おうと思っていただけに、ありがたい申し出だった。
こうなったら、俺にできる最高の付与魔法を掛けないとな!
グッと拳を握ると、軽く腕まくりをして改めて気合を入れなおす。
「さて、いきますか」
「俺もついていっていいか? なかなか見られるもんじゃないからよ」
「いいですよ」
「じゃあ、ついてきて」
クルタさんの案内に従って、隣の家へと入っていく。
すると白髪を長く伸ばした老婦人が姿を現した。
彼女が、この家の主人の元魔法使いであろうか。
昔はかなり高位の魔法使いだったのだろうか、どことなく気品のある人物だ。
「こちらがお隣のマリーンさんだよ」
「初めまして、ジークと申します。今日は工房を貸していただき、ありがとうございます」
「こちらこそ初めまして。ふふふ、丁寧な子だねぇ」
そう言ってほほ笑むと、マリーンさんはゆっくりと手招きをした。
彼女についていくと、やがて家の一角にある小さな工房へとたどり着く。
へえ、なかなかいいところじゃないか。
壁に大きな窓があって、陽光が程よく差し込むようになっている。
やがて俺は窓際に置かれている作業台に手をやると、刻まれている魔法陣にそっと魔力を流し込んでみた。
「へぇ……ずいぶんと手入れが行き届いてますね。魔法使いとしてはしばらく前に引退されたって聞きましたけど」
「あなたわかるの?」
「ええ。しばらく使っていない魔法陣は、魔力の通りが悪くなりますからね。これだけスムーズに流れるということは、定期的に魔力を流していたってことですよ」
俺がそう言うと、マリーンさんは少し驚いたような顔をした。
別にすぐに気付くことだと思うのだが……。
どうやら彼女としては、そうではなかったらしい。
「あなた、なかなか有望な魔法使いのようねぇ」
「いや、そんなことないですよ」
「謙遜しなくてもいいわ。あなたのような人に使われるなら、ここの道具たちも本望でしょう。好きなだけ使っていってくださいね」
「は、はぁ……ありがとうございます! 大切に使いますね」
「じゃあ、またあとでね」
そう言うと、クルタさんはひとまずその場から離れていった。
さあいよいよだな。
俺はマジックバッグから赤い衣を取り出すと、まずはどんな魔法を付与するのか思案する。
「物理強化は必須として、あと防火・防寒は基本かな。瘴気に対する耐性も欲しいし……」
付与できる魔法の数には、残念ながら限りがあった。
幸い、今回用意した素材の上限はかなり高いようであるが、それでも限界はある。
何に耐性を持たせて、何を切り捨てるのか。
このあたりの調整が魔法使いとしての腕の見せ所でもあった。
「酸に対する耐性も入れたいよなぁ。けど……」
ライザ姉さんのことだから、きっとこの衣を着てまたあのスライムに挑むことだろう。
だから酸への耐性は必要不可欠なものである。
しかし、いったいどうすれば防げるだろうか。
そもそもあの時ライザ姉さんが着ていた鎧には、シエル姉さんの付与魔法が掛けられていた。
それで防げない酸を防ぐということは、部分的にではあるが賢者の姉さんを超えることになる。
生半可なことではできやしないだろう。
「姉さんも酸に対する耐性は恐らくつけてたはずだ。それを越えてきたあの酸に、真正面から挑むのはやっぱり無理だろう。うーん……」
ああでもないこうでもないと、必死で頭をひねって考えを巡らせる。
シエル姉さんは魔法に関して一切の妥協をしない人だ。
その付与魔法にも、隙は全くといっていいほど存在しない。
だとすれば、何か姉さんが思いつかなかったような策を取る必要がある。
「考えろ、考えるんだ……!」
紙に術式を書いては消し、書いては消し。
必死にアイデアをまとめようとするが、なかなかいいものが出てこない。
そうこうしているうちに、時間だけがただただ過ぎていく。
気が付けば夕方になり、窓から西日が差してきた。
あっという間に、数時間も過ぎてしまったようだ。
「おーい、うまくいってるかい?」
やがて食事の準備を終えたクルタさんが、俺を夕食へと呼びに来た。
彼女は渋い顔をしている俺を見て、少し心配そうな表情をする。
「うまくいってないのかい?」
「……ええ、まあ。酸を防ぐのになかなかいい方法が思い浮かばなくて」
「うーん、ボクも魔法は専門外だからねぇ。ニノの忍術も少し違うから、知恵を貸すのは難しいかもしれないなぁ」
申し訳ないとばかりに、肩をすくめるクルタさん。
するとここで、先ほどからずっと俺の様子を見ていたマリーンさんが穏やかな口調で告げる。
「うるさくしないのであれば、この工房で徹夜しても構いませんよ。若い魔法使いと言うものは、みんなそうやって無茶しながら成長していくのだから」
マリーンさんの眼は、どこか過去を懐かしむようであった。
彼女も昔は、そういう無茶をした時期があったのだろうか。
言われてみれば姉さんも、いまでこそ余裕があるが前は研究漬けの生活を送ってたもんなぁ。
一週間徹夜して、丸二日間寝るなんて無茶をしたこともあったっけ。
「……わかりました。俺ももっと粘ってみます」
「ふふふ、頑張りなさい」
「ボクも、夜食でも作って手伝うよ」
こうして俺の長い試行錯誤が始まったのだった――。
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