十三話 ちょっとした昔話
「高かったですけど、いい買い物が出来ましたね!」
オルトさんの店からの帰り道。
俺は大きな包みを抱えて、満面の笑みを浮かべた。
値段はかなり高くついたけれど……これで姉さんの役に立てるなら本望だ。
「あとは、付与をするだけですね」
「はい。工房とかが借りられるといいんですけど、いい場所知りませんか?」
良い付与魔法を使うためには、環境も重要である。
そこらの部屋でお手軽にとはなかなか行かない。
シエル姉さんも屋敷の一角を改装して、大きな工房を構えていた。
あれほどの設備は求めないが、最低限、魔力の操作がしやすくなる作業台ぐらいはほしいところだ。
「私は心当たりがありませんね。ロウガはどうですか?」
「俺もさっぱりだな。ギルドで問い合わせでもしてみたらどうだ、いいところが見つかるかもしれんぞ」
「それなら、私に心当たりがあるよ」
「え、本当ですか?」
「うん! 実はさ、うちのお隣さんが魔法使いなんだよね。交渉すれば借りられるかも」
それはちょうどいいや。
俺たちは早速、クルタさんにお願いをしてひとまず彼女の家へと向かうことにした。
クルタさんの家は街の南東、富裕な人々が住む場所にあるらしい。
彼女に案内されて進んでいくと、次第に街並みが整ったものへと変わっていく。
冒険者の街らしからぬ、清潔感と洗練された雰囲気に溢れていた。
「うわぁ……何かいかにもお金持ちっぽい場所ですね。こう、品があるというか」
「ここに家を持つのが、冒険者たちの間じゃ一種のステータスだからなぁ」
「ロウガも、女に使っていなければ小さな物件なら買えたかもしれませんよ?」
「無理無理! ここの土地がいくらすると思ってるんだよ!」
思い切り首を横に振るロウガさん。
それを横目で見ながら、クルタさんが少し自慢げに言う。
「ボクも、中古の家が安く売られてたから買えたんだよ。新築を買おうとしたら、冒険者としてあと十年は働かないと」
「Aランクの稼ぎでも、そんなにかかるんですか」
「まあね。そりゃ大きな依頼をドンドコこなせば話は別だけど、そうそうあるもんじゃないし」
冒険者の聖地と言われるラージャでも、その規模の依頼はやはり限られるらしい。
だから、凶悪な事件が頻発しているここ最近の状態は少し異常だよと嘆いて見せる。
そりゃまあ、魔族がどんどん湧いてたりしたらいくら冒険者の街とは言え持たないだろう。
「さ、ここだよ」
やがてクルタさんは、レンガ造りの大きな家の前で立ち止まった。
二階建てで、石の柱に支えられた大きなベランダが特徴的だ。
玄関脇にはちょっとした花壇もあって、邸宅と言うのが相応しい。
「おお! でっかい!」
「自慢の家だからね。でも、さすがにライザの購入した家には敵わないかな」
「姉さんは収入も多いですし、他にお金を使うようなとこもないですから」
「あまり贅沢をするような感じではなかったもんね」
「そういや、ジークの実家ってもしかしてすげえお屋敷なのか? 剣聖を輩出したような家なんだから、名家なんだろ?」
ふと思い立ったのか、興味津々な様子で尋ねてくるロウガさん。
身元を隠していたから仕方ないとはいえ、そう言えば皆に家のこととか話したことなかったっけ。
「いえ、うちは別にそうじゃないですよ。代々ウィンスターの王都で、小さな商家を営んでました」
「ほう、商家だったのか」
「ええ。さらに言うと俺は、その家に引き取られたんです。まだ俺が幼い頃、同じく商人だった実の両親が亡くなって」
俺がそう言うと、三人は少し意外そうな顔をした。
特にクルタさんは目を丸くしている。
「つまり、ライザと君は血がつながっているわけではないと?」
「はい、そうですよ」
「ふぅん、意外だねぇ。あんなにかわいがってるから、実の弟だと思ってた」
「そうですか? 俺はどうも、口うるさいだけに思っちゃいますけど」
「いやいや、可愛くなければいちいちうるさくしないぜ」
わかってないなと両手を上げるロウガさん。
ふむ、そういうもの……なのだろうか。
言われるうちが花ともいうし、そう言われればそうなのかもしれない。
「まあそうですねえ……。姉さんが俺を可愛がっているとしたら、理由はあの時のことかな……」
「思い当たる節があるのかい?」
「うちは俺と姉さんたちで合わせて六人姉弟だったんですけどね。義父が病に倒れた時に、六人を二人ずつに分けて別々の家に引き取ってもらおうって話になったんです。けど、それに俺は断固反対したんですよ」
「へぇ……どうしてまた?」
理由を聞き返してくるクルタさん。
うーん、そうだなぁ……。
あの時の俺はまだ子どもだったから、感情的に反発したというのもあるんだけども。
しいて言うなら――。
「家族がバラバラになるのが嫌だったんですよ。それに、俺自身も違う家に引き取られて最初のうちはつらかったですから。そんな思いを姉さんたちにさせたくなかったんですよね」
「だが、親父さんが病気になったんだろ? それで六人もってのは厳しいんじゃないか?」
「ええ。でもその時の俺は子どもでしたからね、理屈なんてなかったですよ。丸一日歩いて親戚の家まで出かけて、無理やり直談判したぐらいですから」
昔のことを思い出しながら、つぶやく。
あの時の俺は、本当に無茶したからなぁ……。
話を聞いてもらうために、凍える寒さの中、座り込みをしたりもしたっけ。
箱入り息子だった俺が、よくもまあ頑張ったものだ。
「なかなか大した行動力ですね」
「うん、ジークがそういうタイプだとは思わなかったよ」
「まあ、それぐらいしかできなかったんですよ」
「なるほどな。それがきっかけで、姉妹はジークに感謝するようになったってわけか」
「確証はあんまりないですけどね。あの時からちょっとずつ、姉さんたちが俺に口出しするようになってきましたから」
それまではどちらかと言うと、無関心な感じだったんだよな。
今思えば、どことなく他人行儀だったような気もする。
俺たち六人が本当の意味で家族になったのは、あの時からかもしれない。
ライザ姉さんについては、その後にあった出来事も関わっているだろうけど。
「人に歴史ありってわけだね。……さてと、ジークたちはひとまずうちで待っててよ。私はお隣さんと話をつけてくるから」
そう言うと、そそくさと歩き去っていくクルタさん。
俺たち三人は彼女のお言葉に甘えて、家で待たせてもらうのだった――。
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いよいよ今回で記念すべき五十話です!
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