八話 姉さん、飛び出す
「そんなスライムがいたとは。新種でしょうかねぇ……」
翌日の夜。
俺たちの報告を聞いた受付嬢さんは、顎に手を当てながら首をひねった。
ギルドの職員としてそれなりに魔物に詳しいであろう彼女でも、初めて聞く種類のようだ。
よほど珍しい種か、はたまた新種か。
やはり魔物研究所の人たちが到着するのを待つしかなさそうだ。
「情報料と言うことで、後で報酬が上乗せされるようにマスターに伝えておきます」
「ああ。あのスライムのせいでひどい目に遭ったからな……!」
拳を握りしめ、怒りを露わにしながら語る姉さん。
スライムに一杯食わされたことが、相当にプライドに障ったらしい。
「出来るだけ早く、あれの討伐依頼を出してくれ。私が受ける」
「いや、剣であのスライムを倒すのはいくらなんでも無理ですよ」
「ぐぐぐ……! ならばジーク、お前があれを倒してくれ。この姉の仇を討ち果たすのだ!」
「仇とはまた大げさな……」
俺がそう言うと、姉さんの眼が大きく吊り上がった。
彼女は頬を膨らませながら、腰に手を当てて言う。
「お、男のお前にはわからんのだ! 肌を晒された女の気持ちが!」
「は、はぁ……」
「私だって、人並みに羞恥心はあるんだぞ! ガサツだの脳筋だのと言われるが――」
話が次第に脱線していく姉さん。
あれこれと溜まっていたものがあるのだろうか。
不満が次から次へと出るわ出るわ……。
やっぱり姉さんも、ちゃんと年頃の女の子だったってわけだなぁ。
「ーーだからジーク! 必ずあのスライムを討伐してくれ!」
「そうは言われても、俺にもあれを倒す方法はないよ」
「む? 魔法でどうにかならないのか?」
「なるなら、ギルドに戻ってくる前に倒してるよ」
あのスライムを倒すには、大火力で一気に焼き払うしかない。
少なくとも上級魔法の一段階上、超級魔法でなければ厳しいだろう。
けど、俺はまだ超級は使うことができない。
賢者のシエル姉さんですら「割と難しい」という領域だからね。
「ううむ……!」
「研究員の方なら、このスライムの弱点などもわかるかもしれません。ひとまず、それを待たれてはどうでしょう?」
「それもそうだな。致し方あるまい」
「ちなみに、その研究員の方はいつ到着する予定なんですか?」
ニノさんが尋ねると、受付嬢さんは少し困った顔をした。
彼女は顎に人差し指を当てながら、うーんっと唸る。
「実はそれが……かなり遅れていて。いつになるか正確にはわからないんですよ」
「まさか、まだグダグダと予定がつかないのかい? あそこの動きが遅いのはいつものことだけど」
「いえ! 今回は魔族がらみですしそのようなことは。すでに出発したとの連絡はいただいてます」
「じゃあ、道中で何かあったと?」
「ええ。詳しい連絡が届いていないので、何とも言えないのですが」
そりゃまた、何とも厄介な……。
俺たちが呆れていると、姉さんが一歩前に進み出た。
「だったら、私が迎えに行こう」
「いいのですか?」
「ああ。あのスライム討伐のためだからな!」
「わかりました。では、研究員さんの特徴をまとめますね!」
そう言うと、受付嬢さんはメモ用紙をちぎってサラサラッと記していく。
職業柄、こういうことには慣れているのだろうか。
なかなかよく、特徴がまとまっている。
ふむふむ……見た目年齢は十代後半。
黒髪で小柄、丸縁の眼鏡をかけていて名前は「ケイナ」さんか。
これだけの情報があれば、十分見つけられそうだな。
「このケイナと最後に連絡が取れたのはどこなんだ?」
「マリーベルの街ですね」
「よし、では行ってくる」
「え? あ、ちょっと!?」
止める暇もなく、ギルドを出て行ってしまう姉さん。
行動力あるなぁ……って、そうじゃなくて。
いきなり飛び出していくって、さすがにちょっとびっくりだよ!
「……こうなったら、待つしかないでしょうね」
「マリーベルまでだと、ここから十日はかかるからね。さすがに途中で頭を冷やして戻ってくるんじゃないかな?」
「だといいんですが。しかし姉さん、本当にショックだったんだなぁ……」
弟とはいえ、若い男に肌を見られたのはそれだけ大きなことだったんだろう。
姉さん、あれで貞操観念とかはガッチガチの人だし。
やっぱり俺の方からも、機嫌を戻してもらえるように何かすべきかな。
元はと言えば、切り分ければ行けると判断した俺にも非はあるし。
「うーん、何か機嫌を戻してもらうような方法はないですかね?」
「それは……なかなかねぇ」
「案外こういうのって、人によって違ったりしますからね」
腕組みをしながら、悩むクルタさんたち。
そうしていると、不意に背後から声が聞こえてくる。
「よう! どうしたんだ、今すげえ勢いでライザが出て行ったが……」
「ロウガさん!」
話しかけてきたロウガさんに、俺はポンッと手をついた。
そうだ、彼ならば知っているかもしれない。
大人の男性で、なおかつ女性関係でいろいろ苦労していそうな彼ならば。
「あの、折り入って相談があるんですけどいいですか?」
「おう、なんだ? おじさんが何でも答えてやろう」
依頼がうまくいったのか、自信満々なロウガさん。
その姿が、今日はなんだかとても頼もしく見えた――。
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