六話 俺、魔道具を改良する
「ふぅ……何とか着きましたね」
崖の中腹部分。
谷に向かって大きくせり出した岩の上で、俺はふうっと額の汗を拭った。
ここまで来るだけで、思わぬ苦労をしてしまった。
まさか、自分がこれほど高いところが苦手だったとはな。
気づいていなかった自分の弱点に、ちょっぴり嫌気がさす。
次からはこうならないように、気をつけないといけないな。
「姉さん、ありがとう。助かったよ」
「……弟だからな、助けるのは当然だ」
そう言うと、姉さんは俺にひょいッと何かを投げてよこした。
手にしてみれば、それは飴玉だった。
綺麗な赤い包み紙に入っていて、爽やかな林檎のような香りがする。
「舐めるといい、気分が落ち着くぞ」
「ありがとう。へぇ、姉さんもこういうの食べるんだ」
「……甘党で悪かったな」
照れくさそうにそう言うと、姉さんはスッと俺に背を向けた。
別にそんな恥ずかしがるようなことでもないのに。
女性だったら甘いものの一つや二つ、持ち歩いてるのはむしろ当たり前じゃなかろうか。
「さて、そろそろ測定をしましょうか」
俺が落ち着いたところで、ニノさんが切り出す。
じゃあ、始めるとしようか。
マジックバッグの中から魔力測定器を取り出すと、たちまち赤い光を放った。
これは……聞いていたのとは明らかに異なる反応だぞ。
そのまがまがしさすら感じさせる輝きを見て、クルタさんたちも顔をしかめる。
「これは、結構ヤバそうな感じがしてきたね」
「相当に魔力が濃いようだな。言われてみれば、空気が重いような気がしないでもない」
「先を急ぎましょうか。早いうちに調べた方がいいですよ」
「そうだな。よし、行くぞ！」
そう言うと、姉さんは再び俺の手を握った。
谷底まであと半分。
高度が低くなってきたので、先ほどまでよりはいくらか楽に進める。
「これは……測定するまでもないですね」
やがて谷底が近くなってくると、空気中にうすい靄のようなものが漂い始めた。
これは……魔力だな。
濃度が高すぎて、一部が実体化してしまっているようだ。
シエル姉さんから知識としては聞いていたが、まさか実際に目にすることになろうとは。
「結構な異常事態っぽいね。何が起きてるんだろ？」
「さあ……とにかく降りてみましょう」
幸か不幸か、靄で下があまり見えないせいで恐怖感が軽減された。
俺たち四人はいくらか速度を上げると、そのまま谷底へと到着する。
切り立った崖に囲まれた底は、昼だというのに薄暗かった。
「ちょっと待ってください。ブライト！」
手のひらから光の球が浮かび上がる。
たちまち周囲が照らされ、ごつごつとした岩肌や赤茶けた地面が露わとなった。
俺はすぐさまマジックバッグから測定器を取り出す。
すると――。
「色が……どんどん変化している？」
「測定限界を超えてるって感じだね」
点滅を繰り返しながら、青から赤まで色を変えていく測定器。
魔力が高すぎて、上手く動作していないようだ。
「ギルドに報告する前に、もうちょっと詳しく調べた方がいいですね。明らかに何か起こってますよ」
「調べると言っても、何かできるんですか？」
「そうですね。この測定機を改良すれば、もっと詳細なことが分かると思いますよ」
「改良って、そんなことやれるのかい？ その測定器、かなり複雑だよ？」
目を見開き、驚いた顔をするクルタさん。
そう……なのだろうか？
魔道具としては、結構無駄が多いものに見えるんだけどな。
シエル姉さんに見せたら、即座にガラクタ扱いするレベルだろう。
使われている水晶などの質はいいが、肝心の術式が全くなっちゃいない。
「三十分もあれば、魔力の流れなんかをもっと詳細に調べられるようにできますよ」
「さすがだな、ジーク！」
腕組みをしながら、なぜか満足げにうなずくライザ姉さん。
いや、何で姉さんが得意げなんだ？
これを教えてくれたのはシエル姉さんなんだけども。
いろいろできる弟が誇らしいとか……なのかな？
いやぁ、ライザ姉さんに限ってそれはないと思うんだけど。
「ふぅ……これでだいぶマシになりましたね」
こうして、術式に手を加えること三十分ほど。
測定器の改良に成功した俺は、額の汗を拭った。
これで、あとは魔力の源を探るだけだな。
俺は測定器を掌に載せると、そのままぐるりと一回転する。
すると測定器に灯っていた光の強さが、場所によって細かく変動した。
よっしゃ、これであとは光の強い方向を探れば魔力の発生源とかがわかるぞ！
「……本当に改良できましたね。驚きです」
「基本中の基本だと思いますけど」
「いやぁ、そんなことできるのは賢者ぐらいじゃない？」
それはさすがに言いすぎじゃないか？
俺の改良にしたって、本物の賢者のシエル姉さんに言わせればまだまだだと思うぞ。
「まあ、とにかく。これで魔力の源を突き止めに行きましょう。この状況はさすがに放置できません」
「そうだね、急ごう」
「ああ。いざという時は私が守るからな」
こうして俺たち四人は、魔力の流れを探って谷の奥へと進むのだった。
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