五話 ラズコーの谷(改)
※後半部分を修正いたしました!
内容がかなり変わっておりますので、ご確認ください。
「着きましたね。ここがラズコーの谷です」
街を出て、北東へ向かうこと約一日。
二日目の朝に、ようやく俺たち四人はラズコーの谷へと到着した。
連なった険しい山々。
その麓に、黒々とした谷がぱっくりと口を開けている。
恐る恐る身を乗り出してみると、谷底からスウッと冷たい風が吹き上げてきた。
陽光が差し込まない分、底の方はかなり気温が低いようだ。
「こりゃ、不人気になるのも無理ないですね」
「そうだな。これだけの高さだと、さすがの私も飛び降りるのは厳しいか……」
「いやいや、飛び降りるってどんな無茶苦茶だよ……」
相変わらずとんでもないことを言いだす姉さんに、クルタさんが呆れた顔をする。
姉さんなら、普通にここから落ちても生きていそうなのが怖い。
天歩で多少は空も飛べるしなぁ……。
「無茶せずとも、谷底へ向かう道がこの先にあります。その前に魔力の測定を行いましょうか」
「ああ、そうだね」
そう言うと、俺はギルドから預かってきた魔力測定器を取り出した。
大きな水晶玉のような装置で、周囲の魔力に応じて色が変化するらしい。
今は……青色だな。
赤くなればなるほど魔力が濃いとのことなので、このあたりは魔力が少し薄めのようだ。
「異常なしだね。じゃあ、次の測定場所へ行こうか」
「ええ」
ギルドが指定した測定場所は計三か所。
谷の上、谷の中腹、そして谷底だ。
ここがそれぞれ青、緑、黄となっていれば正常らしい。
指定の用紙に結果を記入した俺は、そのままニノさんの後に続いて谷底への道に向かう。
「うわ……覚悟はしてましたけど、ほっそいですね!」
「こんな貧弱な足場で大丈夫か?」
岩壁に沿うようにして作られた木の足場。
かなり年季が入っていて、お世辞にも立派とは言い難い。
試しに足を乗せれば、たちまちミシリと嫌な音がする。
「平気だよ。これでも、冒険者がちょくちょく使ってる道だから」
「ええ。鎧を着た男性が乗っても、壊れないぐらいには丈夫にできてます」
そう言うと、ニノさんはあろうことかその場でひょいッと宙返りをして見せた。
さ、さすがは忍者……。
身軽さが売りなだけあって大したものだけど、高いところが怖くないのか?
見ているだけで背筋がゾワゾワっとしちゃったんだけど。
「む、案外しっかりしているな」
「な、なるほど……。でも、危ないからそういうのはやめましょう?」
額に浮いた汗を拭う。
心なしか、腕に鳥肌が立っていた。
俺、もしかして自分で思うより怖いところが苦手かも……?
そう言えば、ここまで高いところにはほとんどきたことがなかったな……。
「ジーク、どうした?」
先を行く姉さんが、俺を呼ぶ。
こうしちゃいられない、急がなきゃみんなに迷惑がかかる。
俺はそっと足場に足を乗せ、恐る恐る一歩を踏み出した。
――ミシッ!
年季を感じさせる軋みに、たちまち背中が丸くなる。
「遅いぞ、早く!」
「そんなことしちゃ危ないですって!」
じれったい俺を急かすように、大きく手を振る姉さん。
この不安定な足場でそんなことするなよ!
注意する俺の声が、少しばかり大きくなる。
すると姉さんは、俺の恐怖心を察したのだろうか。
こちらを覗き込み、怪訝な顔をして尋ねる。
「もしかしてジーク、この場所が怖いのか?」
「ま、まさか!」
姉さんのことだ、ここで怖いなんて言ったら何をするか分からない。
特訓と称して、いろいろ無茶をさせられるかもしれないぞ。
俺は平気平気と虚勢を張ると、出来る限り下を見ないようにしながら足場を歩く。
「……じゃ、進もうか」
「ああ」
俺が歩き出したのを見て、止まっていたクルタさんたちもまた歩き始める。
こうして崖沿いの足場を歩くことしばし。
巨大な岩が大きく谷に突き出しているのが見えてきた。
「あの岩で真ん中だよ!」
「よし、あと少し……!」
あそこまで行けば、少しはましになるだろう。
俺はいくらか歩くのを速めた。
だがその時、不意にしたから風が吹き上げてくる。
かなり強い風で、身体が揺れる……!!
「うっ!」
「ジークッ!!」
傾く俺の背中をすぐさま姉さんが支えてくれた。
良かった、助かった……!
安心感からか、跳ね上がっていた心拍が少し落ち着く。
「ジーク君、大丈夫かい?」
「え、ええ……」
「まったく。怖いのなら怖いと素直に言え」
「す、すいません」
姉さんの勢いに押され、つい謝ってしまう俺。
すると彼女は、俺に向かってそっと手を差し出してきた。
これは、まさか……!
「ほら、握れ」
「い、いいんですか!?」
「当たり前だろう? 何をそんなに驚いている」
「いや、姉さんのことだから……『情けない、もっと修行をしろ!』とか言い出すかなって」
「私は別に、お前をいじめたいわけではないからな? 高いところが怖いのなど、鍛えて治るものでもないだろう」
おぉ……!!
姉さんって、こういう優しいとこもあるのか……。
普段の怖い印象があるだけに、ちょっと意外だ。
俺を鍛えるためにあえて厳しくしてたとか言ってたけど、案外本当なのかもなぁ。
「何を考えている? ほら、早く握れ」
「は、はい!」
急かされたので、少し急いで姉さんの手を握る。
暖かくて、柔らかな手。
女性にしては握力が強いのは、日頃の鍛錬の賜物だろう。
思えば、こうして手を握るのは何年ぶりだろうか。
小さい頃が少し懐かしくなる。
「……こうしてると、昔を思い出しますね」
「な……! 余計なことは、考えんでいいぞ!」
なぜかは分からないが、姉さんの頬が赤くなった。
心なしか、手の温度も上がった気がする。
小さい頃のことが、何が恥ずかしいのだろうか。
するとそれを見ていたクルタさんの頬まで、真っ赤になって膨れた。
「……帰りは僕の手を握ってもらうおうかな」
「え? 悪いですよ。帰りこそは自力で何とかします」
「…………鈍感!」
そう言うと、クルタさんはさらに速度を上げて歩いて行ってしまった。
何か、気に障るようなことを言ってしまっただろうか?
俺は少し動揺しつつも、依頼を遂行すべくそのまま進むのだった――。
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