一話 第二回お姉ちゃん会議
ウィンスター王国の王都ベオグラン。
その中心、王城からもほど近い一角に姉妹の屋敷はある。
国の重役を担う貴族たちが、互いに競い合うようにして建てた豪奢な建築物の数々。
その中にあってなお大きく見える館に、今日は姉妹たちが集っていた。
ノアの行方について、情報交換をするためである。
しかし――。
「ライザが来ない?」
眉を顰め、怪訝な顔をするアエリア。
ライザは姉妹の中でも、ここ最近はもっともノアと接していた人物である。
当然ながらノアへの思いも強く、この会合を欠席するとはあまり思えなかった。
「私も休むって聞いた時は驚いたんだけどね。何でも、ラージャの冒険者ギルドから依頼をされたらしいわ。それでしばらく向こうに滞在するって」
「ライザは冒険者ではないでしょう? 断ることは簡単なはずですわ」
「結構重要な依頼だったみたいよ。何でも、魔族がらみだったとか。ライザ姉さんは人がいいから、泣きつかれたら断れなかったんでしょ」
やれやれと両手を上げながらため息をつくシエル。
ライザは表向き、厳格な性格の剣聖として通っている。
けれど実のところ、お人好しで強く頼まれたら断れない性格だった。
加えて、かなりの脳筋で騙されやすいところもある。
「そう言えば、私のところにもライザ姉さまから連絡が来てましたね。ラージャでヒュドラが出たって」
「む、それは聞いてないわね。ほんと?」
「ええ、もちろん。聞くところによれば、ラージャを根城にしていた魔族が自らを犠牲に呼び出したのだとか。これは良からぬことが起きるという神からの啓示なのかもしれません」
「ふぅん。それだと、ここへ来られなくてもしょうがないか」
あっさりとした口調で言うシエル。
一方、アエリアとエクレシアは表情をにわかに険しくした。
「……神様は置いておくとして。ヒュドラなんて大物、魔族でも簡単に呼び出せるものじゃないですわね。普通でしたら、国が滅びてもおかしくありませんわよ?」
「ヒュドラは怖い。一大事」
青い顔をして、身を小さくするエクレシア。
アエリアの方も、彼女ほど露骨ではなかったが緊張した面持ちだ。
他の三人と違って、エクレシアとアエリアの二人は目立った武力は持ち合わせていない。
襲われても自身でどうにかできるシエルたちとは、恐怖の感じ方が大きく違った。
「こうなってくると、ノアが心配ですわね……。フィオーレの情報網を使って調べたのですが、どうやら国を出て西へ向かったようですし」
「まずいわね。私が教えた属性魔法じゃ、ヒュドラの相手は厳しいわ」
「私の光魔法でも……恐らくは……」
言葉を詰まらせるファム。
ノアには聖女である彼女自ら、一通りの光魔法を教えてある。
たとえ悪しき存在に襲われたとしても、よほどの相手以外は撃退できるはずだ。
しかし残念なことに、ヒュドラはこの「よほどの相手」にばっちり含まれていた。
剣術の腕やほかの属性魔法の腕を考慮しても、対処は相当に困難だろう。
「こうなれば、誰かが出かけてノアを探す必要がありそうですわね。何かが起きる前に」
「それなら、魔族に対応できるファムかシエルが良い」
「ええ。私やエクレシアでは、残念ながらいざという時にノアを守れませんわ」
「……こうなったら、聖女勅令を出して聖軍を招集いたしましょう。これで大陸西方を抑えれば、魔族が現れても万全です! それに、聖軍の数をもってすればノアもすぐに見つかることでしょう!」
「ファム、それはさすがに大げさすぎますわよ」
聖軍というのは、聖女の名において招集される一大遠征軍である。
大陸各国から決まった数の兵力が捻出され、その総数は約二十万にも及ぶ。
これだけの数がいれば、ノアもすぐに見つかるであろうし、魔族が出ても対処可能だ。
しかし、これはいくら何でもやりすぎである。
「だいたい、聖軍なんて編成するのに一年はかかるじゃないの。そんなにのんびりしてる時間はないと思うわよ」
「……では、私が一人で参りましょう」
「それにしたって大変でしょ? ファム姉さん、ここへ来るだけでも予定の調整ができないって言い続けてたじゃない」
もともとは週に一回ほどの頻度で開かれる予定だった情報交換会。
それが今に至るまで滞っていたのは、主としてファムの多忙が原因である。
同じ多忙でもアエリアが何とか週に半日は時間を捻出できたのに対して、ファムはそれすら困難であった。
それだけ、聖十字教団の聖女という立場は重いのだ。
本来ならば、聖堂を離れてこの場にいることすらおかしいほどなのである。
「私が行くわ。戦う力もあるし、身軽だしね」
「あら? 学院に出す論文が忙しいと言っていませんでしたか?」
「あんなの一週間で何とかなるわ」
「さすがですわね」
シエルの言葉に、素直に感心するアエリア。
並みの魔法使いならば、書くのに数カ月から一年はかかる論文である。
それをわずか一週間で何とかなると言ってしまうあたり、シエルの魔法の才は非凡であった。
「エクレシアも、シエルが行くのに賛成」
「私もそれがいいと思いますわ。ファムも能力は十分ですが、立場的に難しいでしょうし」
「……仕方ありません。シエル、あなたに神の御加護があらんことを」
「じゃあ、準備をしてすぐに出発するわ。アエリア姉さん、商会の魔法球でこのことを向こうのライザ姉さんに知らせてもらえる? ライザ姉さんはライザ姉さんで、ノアの行方について何か掴んでるかもしれないし」
「かまいませんわ。すぐに向こうの支店経由で連絡させます」
こうして、賢者シエルの旅立ちが決まったのであった――。
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