第一章最終話 俺、認められる
※お知らせ
前話の後半部分を一部変更いたしました。
大筋に変更ございませんが、お読みいただくと今話の理解がよりスムーズになるかもしれません。
※追記
47AgDragon先生より、挿絵をいただきました!
いつもながらありがとうございます!
「まさか、本当に剣聖に勝っちまうなんてなぁ……」
観客席から降りてきたロウガさんが、実にしみじみとした口調で告げた。
剣聖と言えば、大陸では知らぬ者のいない最強の象徴。
様々な策を弄し、他者の手を借りたとはいえ、それに勝った意味は大きいのだろう。
クルタさんとニノさんも、まんざらでもないような顔をしている。
「力を合わせた甲斐があったねぇ。絆の勝利ってやつだ」
「私はジークとそこまで親密なわけではありませんけどね。あくまで、お姉さまに従ったまでです」
「とにかく、みんなのおかげです。ありがとうございます」
俺はもう一度、三人に向かって深々と頭を下げた。
姉さんに勝てたのは、半分以上はクルタさんたちの力のおかげだ。
アイテムを譲ってくれたバーグさんにも、後で何かしらお礼をしておかないとなぁ。
メイン武器は既にあるから、サブ武器でも買ってみようか。
「……さてと。姉さんも、そろそろ拗ねるのやめてくださいよ」
そう言うと、俺は闘技場の端に座り込んでいる姉さんの方を見た。
背中を丸くして、地面に意味もなく砂山を作っているその姿はとても大人とは思えない。
完全に、いじけている子どもそのものである。
「……ノアが帰るというまで、私はここを動かないぞ」
「そんなわがまま言わないでくださいよ、ほら」
俺は姉さんの顔の前にそっと手を差し出した。
すると姉さんは、ゆっくりと顔を上げて俺の眼をまっすぐに見据える。
その表情は弱々しく、とても寂しげなものだった。
もはや剣聖と言うよりは、どこにでもいる一人の乙女のようだ。
「……ノア。お前はもう、私を必要としていないということか?」
「え?」
「今まで私は、お前を強くしようと厳しいことばかり言ってきた。だから、十分に強くなったお前は……もう、こんな厳しくて口うるさい姉さんとは一緒にいたくない。だから家には帰らない。そういうことなのだろう?」
言葉を途切れさせながら、消え入りそうな口調で語る姉さん。
その潤んだ瞳から、ぼたりぼたりと大粒の涙がこぼれ落ちる。
姉さん……今までそんなことを思っていたのか。
俺はあまりに弱々しいその姿を見て、たまらずその背中を後ろから抱きしめる。
「なっ! きゅ、急に何を……!」
「俺と姉さんは、血は繋がってなくても家族じゃないか。一緒に居たくないわけないだろ」
「そ、そうか。ならば……!」
「けど、いつかは自立しないといけないって思うんだ。俺の場合、そのいつかが今なんだと思う」
「自立……」
一瞬明るくなった姉さんの顔が、再び暗くなった。
理由はどうあれ、俺と離れるということが寂しくて仕方ないらしい。
ううーん、これは一体どういえばいいものか。
姉さんと一緒に実家に帰るわけにも行かないし。
俺はクルタさんたちに助けを求めようとするが、彼女たちも同様に困った顔をする。
「……そうだ。だったら姉さん、好きな時に俺に会いにくればいいんだよ」
「ん?」
「姉さんの足なら、実家からここまで大した距離じゃないんだろ? だったら最初は週に一回ぐらい会いに来て、慣れたら回数を減らしていけばいいんだよ」
「ああ、そうか。私が動けばいいのか!」
ポンッと手を叩く姉さん。
彼女は会心の笑みを浮かべると、そのままゆっくりと立ち上がる。
そして鎧に着いた砂を払う頃には、剣聖としての威厳をすっかり取り戻していた。
良かった、いつもの姉さんだ。
腰に手を当てたその姿からは、先ほどの弱気さは微塵も感じ取れない。
「ノア……いや、ジーク。お前がここに残って冒険者をすることを、姉として認めよう。もう連れ戻すとは言わない、他の姉妹にも黙っておく」
「おお! ありがとう、姉さん!!」
「最初に約束したことだからな。途中で取り乱してしまったが……守らせてもらう」
よし、これでライザ姉さん公認だ!!
俺がガッツポーズをすると、すかさずクルタさんたちが近づいてくる。
「やったじゃないか! これで、まだまだ一緒に冒険できるね!」
「ええ! この際ですし、クルタさんもうちのパーティに入ったらどうですか?」
なし崩し的に、姉さんとの決闘にも参加してもらったけど……。
クルタさんって、まだ俺たちのパーティに正式に所属しているわけではなかったんだよな。
「おお! いつ切り出そうかと思ってたけど、君の方からお誘いしてくれるとは! もちろんいいよ」
「ありがとうございます」
「ジーク、ぐっじょぶです! 最高にいい仕事をしましたね!!」
俺以上に喜び、その場を飛び跳ねるニノさん。
クルタさんのことをすごく慕ってたもんなぁ、そりゃ嬉しいか。
俺が微笑ましい気分になっていると、スッとクルタさんが距離を詰めてきた。
そしてさらりと腕を絡ませようとしてくる。
だがその瞬間――。
「ごほんっ!! あらかじめ言っておくが、ジーク。私はあくまで冒険者として活動することを許可しただけであって、不純異性交際を許したつもりはないからな?」
「や、やだなぁ! そんなつもりはないよ!」
「ええ。クルタさんとはあくまで仲間ですから」
「その、平然としたトーンで言われるのもちょーっとなぁ。ボクってそんなに色気ないかな……」
何故だかよくわからないが、急にテンションが下がってしまったクルタさん。
あれ、何か気に障るようなこと言っちゃったかな……?
俺が動揺していると、姉さんがゴホンゴホンと咳ばらいをする。
「あー、とにかくだ! もし勝手に彼女を作ったりしたら、次こそ本気で叩き潰すからな! 今日のように勝てるとは思うなよ!」
「う、うん! わかったよ、姉さん」
「じゃあ、冒険者生活を大いに楽しめ。せっかく家を出たんだ、広い世界を知って大きく大きく育つんだぞ! もっともっと強くなるんだ!」
「はい!」
こうして俺は、晴れてライザ姉さんに冒険者として活動することを認められた。
よーし、これでまだまだ冒険を続けられる!
もちろんライザ姉さんだけじゃなくて、他の四人からも許可を取る必要はあるけれど……。
ひとまず、冒険者生活最大の危機を乗り切った俺は、ほっと胸をなでおろした――。
――〇●〇――
それから約一週間後。
いつものようにギルドへと向かった俺は、大通りでライザ姉さんとばったり出くわした。
いつでも会いに来ていいとは言ったけど、ずいぶん早いな。
あの後、すぐに実家へ戻ったはずなんだけど。
ヒュドラの時も思ったけど、信じられない移動速度だなぁ。
「姉さん、もう家まで行って帰ってきたんですか!?」
「ああ。お前の顔が早く見たかったからな」
「へぇ……。さ、さすがにちょっと過保護な気もしますけど……」
「お前の周りには変な虫がいっぱいいるからな。警戒して当然だ」
やけにムスッとした様子で告げる姉さん。
別にそんな変な人、周りに居なかったと思うんだけど……。
というか、今日の姉さんはやけに荷物が大きいな。
いつもとは違う、荷運び用の大きなマジックバッグを背負っている。
あんなの、引っ越しのときぐらいしか使わないもののはずだけど。
「それより姉さん、これから長期の仕事にでも行くんですか?」
「ん? どうしてだ?」
「だって、荷物が滅茶苦茶デカいじゃないですか」
「ああ、これか。私もこの街に家を買ったからな、引っ越しだ」
…………家?
あまりにも不穏な言葉に、俺の背筋が凍り付いた。
この人、まさか……!!
「姉さんもしかして、この街に住む気ですか?」
「ああ。全てとはいかないが、月の半分はこっちで暮らすつもりだ」
「…………うん。俺、姉さんのことをまだまだ甘く見てた」
姉さんの圧倒的な行動力に、思わず呆然としてしまう俺。
こうしてラージャの街に、新たな住人が増えたのだった――。
【読者の皆様へ】
これにて、剣聖ライザ編は終了となります。
ここまでお読みくださって、大変ありがとうございました!
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なお、この作品の連載自体はまだまだ続きますのでご安心ください。