三十二話 挑戦
「姉さんに……一本?」
いくら何でも、それは無理じゃないのか?
そんなことが出来る人、この世界に何人いることやら。
俺は恐る恐る、探るような口調で聞き返した。
するとライザ姉さんは、あっけらかんとした態度で言う。
「ああ、そうだ。私から一本取ることが出来れば、ノアがこの街に残ることを許そう。他の姉妹たちにもしっかりと黙っておいてやる」
「それって、完全に忘れてくれるってこと?」
「うむ、お前がここに居たということは胸に秘めておいてやるぞ。一本取れれば、だがな」
うーーん、つまり一本取ることさえできれば、今まで通りラージャに居られるというわけか。
ライザ姉さんは、何だかんだ言って約束は律義に守るタイプだからなぁ……。
まあ、姉さんから一本取るということが何よりも難しいのだけど。
「……一本、取らないとダメ? 実力を示すってことなら、魔物を倒すとかでもいいんじゃないか?」
「ダメだ。私が直接実力を確かめねば意味がない」
「そうは言っても……」
「これでも、お前が今までしてきたことを聞いて大幅に譲歩しているんだぞ。お前がろくに実績を出せていなかったら、問答無用で連れ帰っていた」
そう言うと、姉さんはニノさんたちの方を見やった。
三人の意見も聞き入れたと言いたいようだ。
確かに、今までの姉さんの態度から考えると……譲歩と言えなくもないのか。
ぐぐぐ……どうしたものか……!!
俺が大いに悩んでいると、姉さんは挑発するように言う。
「私に挑んだところで、一本取れる確率はほとんどないからな。賢い判断だろう。戦わないというのなら、連れて帰るしかないがな」
「…………わかった、やろう」
「ん?」
「勝負するよ。姉さんから、一本取る!」
俺がそう言うと、ライザ姉さんは意外そうに目を丸くした。
今までの俺だったら、あれだけ挑発されても普通に引き下がっていたからな。
まさかこの絶望的な戦いを了承するとは思っていなかったのだろう。
ヤバい、怒られるかな?
俺が警戒していると、意外なことに姉さんは笑みを浮かべた。
「……ふっ! やはり成長したようだな、ノア!」
「そ、そうかな?」
「ああ。以前のお前なら、私におびえて戦いを挑むことなどなかっただろうからな」
そう言うと姉さんは、ロウガさんの顔を見て尋ねる。
「えっと、ロウガ殿だったか?」
「何か俺に用か?」
「ラージャの街に、決闘が出来るような場所はあるか? できれば、部外者には見られない場所がいいのだが」
「そうだな……。水路通りの酒場の地下に、小さい闘技場があったな。あそこなら、貸し切りにしちまえば誰も来ないはずだ」
「じゃあそこを借りて、三日後に勝負だ。しっかりと準備をしておけ」
こうして俺と姉さんは、戦うこととなったのであった。
――〇●〇――
「まさか、魔族がヒュドラを呼び出すとは……。でも、皆さん無事に帰ってこられて何よりです!」
ギルドの応接室にて。
俺たちが報告を済ませると、受付嬢さんは心底ほっとしたような顔でそう言った。
一方のマスターは、既に倒されたとはいえヒュドラが出現したことに頭を痛めているようだ。
「そんな大物魔族が人間界に潜伏していたとはな。もしかすると、魔界に何かが起きているのかもしれん……」
「ひとまず、ギルド本部に報告を上げておきましょう。調査が必要かもしれません」
「そうしてくれ。Sランク冒険者の派遣についても、取り下げないでおくように」
「かしこまりました」
お辞儀をした受付嬢さんは、仕事のためそのまま部屋を後にした。
あとに残ったマスターは、姿勢を正すと改めて俺たちに頭を下げる。
「改めて、今回の件はとても助かった。ラージャ支部のマスターとして、礼を言わせてもらおう。特にライザ殿は、これほど早く救援に来てくださるとは思わなかった。心から感謝する!」
深々と頭を下げるマスター。
身分のある男性がするにしては、いささかお辞儀の角度が深すぎるぐらいである。
それだけ、深く感謝をしているということなのだろう。
……事情を知らなければ、ラージャの街のために全速力で駆けつけてくれたとしか見えないからな。
それを見た姉さんは、少し居心地が悪そうに頬を掻く。
「……その気持ちは、ありがたく受け取っておこう」
「それで報酬について何だが、もう時間が時間だ。査定は明日にしたいが構わないか?」
「ああ、それで問題ない。ノ……ジークたちはどうだ?」
「俺たちもそれでいいですよ」
「では、また明日会おう」
こうして俺たち四人はひとまずギルドから外に出た。
さて……三日後までに何が出来るかな。
ひとまず明日は、バーグさんの店に行って先延ばしになっていた達成報告をしないと。
ついでにギルドへ行って、査定してもらった分の受け取りもしないとな。
身体もつかれているし、明日はそれで手いっぱいか。
それで明後日は――。
「ノア、ちょっといいか?」
「この街にいる間はジークで」
「ああ、すまんすまん。……それでジーク、一つ頼みがあってな」
「何ですか?」
「今夜、部屋に泊めてくれないか? すっかり遅くなってしまったが、宿を取っていなくてな」
「え、それは……」
「姉弟と言っても、それは感心しないよ」
俺が戸惑っているうちに、クルタさんがすごい勢いで断ってしまった。
彼女は俺の手を取ると、庇うように自分たちの方へと引き寄せる。
え、ええ!?
なんで俺のことなのにクルタさんが返事をするんだ?
というか、どうして引き寄せる!?
助けを求めてとっさにロウガさんの方を見やると、彼は笑いながら視線をそらせてしまった。
ニノさんも、膨れた顔をしつつも黙っている。
「……そうか。ならばジークよ、三日後の勝負は一切容赦はしない。メッタメタのギッタギタのボッコボコにするから覚悟していろ!」
……ヤバい。
よくわからないけど、なんか状況が悪化した!
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