三話 思わぬ提案
「何者ですかって言われても……」
思いがけない問いかけを受けた俺は、言葉に詰まってしまった。
ゴブリンの素材を見せただけで、どうしてこんなに驚いているのだろう?
このぐらいの魔物なら、素人に毛が生えた程度でも倒せるはずだけど。
「ちょっと剣術とか魔法を習ってただけの素人ですけど」
「いやいやいや! 取り出したゴブリンの素材、ぜんぶ上位種のものじゃないですか!」
俺が持ち込んだ素材は、全部で五体分。
そのうち四体がハイゴブリンで、一体がゴブリンジェネラルだったそうだ。
ハイゴブリンはDランク、ジェネラルはCランク相当。
単独で倒すならば、Bランククラスの冒険者でなければ厳しいらしい。
「Bランクと言えば、一流と呼ばれるクラスですよ! もしかしてジークさん、もともとどこかの騎士さんだったりします?」
「そんなことはないよ」
「じゃあ、もしかして……」
何やら疑わしげな顔をする受付嬢さん。
ここで、彼女は先ほど渡した紹介状の確認をした。
「えっと……『高級な素材の持ち込みに驚いていることでしょうが、それらはすべて彼自身が討伐した獲物であることを証明します』ですか……。なるほど、この事態を読んでいたみたいですね」
裏に書かれている署名を確認して、受付嬢さんは納得した顔をした。
オルトさん自身も言っていたことだが、彼と冒険者ギルドの付き合いは深いようだ。
険しかった受付嬢さんの眼が、たちまち緩む。
「オルトさんが言っているならば、間違いないですね。となるとこれは……ジークさん、ここで少しお待ちいただけますか?」
「ええ、はい。構いませんよ」
そそくさと立ち去る受付嬢さん。
いったい、これから何をするというのだろう?
一人で倉庫に取り残された俺は、室内を見渡しながらしばらく待つ。
冒険者の聖地と呼ばれる場所だけあって、その倉庫には様々な素材が納められていた。
それらを見ているだけでも、なかなか飽きることはない。
「君が、ジーク君か?」
「……あっ!」
素材に夢中になっていると、不意に誰かから話しかけられた。
しまった、気づかなかった!
俺が急いで振り返ると、そこには巌のような筋骨隆々とした男性が立っていた。
年のころは四十過ぎと言ったところであろうか。
コートをラフに着崩したその姿は一見してだらしなく見えるが、確かな存在感がある。
「はい、俺がジークです」
「そうか。俺はアベルト、この支部のマスターをしている」
……ずいぶんな大物が出て来たな!
驚いた俺は、たまらず目を見開いた。
この動揺を察してか、すかさずアベルトさんの脇に控えていた受付嬢さんが出てくる。
「ジーク様の加入について、相談したいことがありまして。それでお呼びしたんです」
「え? 何か問題でもあったんですか?」
「そういうわけでは。ただ、ジーク様の実力が相当に高いようですので、特別試験の提案をさせていただきたいのです」
特別試験?
何だか、ずいぶんと大事になってきたな。
俺の持ち込んだ素材が原因のようだけど、あいつらそんなに強かったのかよ……。
感覚的には、ゴブリンにしては強いって程度だったんだけどな。
「特別試験というのは、もともと実績のある騎士や傭兵がギルドへ加入するときに使う制度でな。試験官と模擬戦をして、一定以上の成績を収めればDランクからスタートすることが出来るのだ」
「かなり難易度は高いんですが、ジーク様なら問題なく合格できると思いますよ。どうですか、受けられますか?」
「受けることで、何かデメリットなどは?」
「ありませんよ。もし実際にDランクの依頼を受けて実力不足だと感じたら、低ランクの依頼を受けることもできますし」
受付嬢さんはきっぱりと即答した。
そういうことなら、試験を受けない理由はない。
冒険者として、ランクを上げるに越したことはないからな。
「じゃあ、お願いします!」
「はい! では試験は明日行います! 体調を万全にしてギルドまでお越しください」
「わかりました」
その後、素材の買取代金を受け取った俺はギルドを出た。
お金はハイゴブリンが四体で四十万ゴールド、ゴブリンジェネラルが一体で五十万ゴールド。
合わせて九十万ゴールドにもなった。
これだけあれば、三か月は生活していけるだろうか。
家から持ち出した路銀もそろそろ乏しくなってきたことだし、これはかなりありがたい。
「にしても、俺って意外と強いのか……?」
ライザ姉さんによって、ぼこぼこにされていた日々を思い出す。
自分では滅茶苦茶弱いと思っていたし、ライザ姉さんもそのように言っていた。
――お前に剣術の才能はないと。
でもギルドの人たちやオルトさんの反応を見る限り、そうでもなさそうな気がしてくる。
「もしかして、姉さんの言ってたことは間違ってたのか? いや、まさかな」
思案しているうちに、宿屋の建ち並ぶ一角へと到着した。
明日は大事な特別試験、少しでも疲れを取らないといけない。
俺はちょっぴり奮発して、いつもは使わないような高めの宿に泊まり朝を迎えた――。
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