第二十六話 赤い月
「バカナ……! マダ、魔剣ハ1000本ハアッタハズ!」
信号弾が打ち上げられた直後。
ワグトゥーは焦ったように目を見開いた。
魔剣の大半が浄化されてしまったことに、彼の方でも気づいたらしい。
「どうやら、ファムたちがうまくやったみたいね」
「流石は教団の聖女だな」
満足げに頷くライザ姉さんたち。
いよいよ後がなくなったワグトゥーはわずかに後ずさる。
その眼からはすっかり余裕がなくなり、怯えと恐怖が見て取れた。
――もう終わりだな。
そんなことを思いつつ、俺はワグトゥーとの距離を少しずつ詰める。
「クルナ、クルナ!!」
「お前はもう終わりだ」
「クソォ!!」
ここでいきなり、ワグトゥーは俺に背を向けて走り出した。
まさかまさかの敵前逃亡である。
もがくようにして森を駆け抜けていくその様子は、哀愁すら感じさせた。
俺たちを見下し、力を誇示していたのが嘘のようである。
だが次の瞬間――。
「ウオアアアアッ!!」
いきなり、ワグトゥーの身体が爆発した。
突然の出来事に、俺たちはただただ言葉を失ってしまう。
この前のエルハムのように、体内に何か組み込まれていたのだろうか?
そう思った瞬間、寒々しいほどの恐ろしい魔力が周囲を支配する。
「ぐっ!?」
「サンクテェール!」
暴力的な魔力に晒され、シエル姉さんの顔色が悪くなった。
俺はとっさにサンクテェールを発動し、悪しき魔力の影響を少しでも抑えようとする。
これほどの魔力、感じることすら初めてだ。
竜の王であるグアンさんが誕生した時すら上回るかもしれない。
これはまさか……!!
緊迫した空気が場に満ちると同時に、いつの間にか夕暮れとなっていた空に黒い点が現れる。
「まさか、転移魔法!?」
やがて黒い点を起点として、空にヒビが入った。
それはさながら、ガラスが砕けるかのようだった。
そして虚空に出来上がった亀裂から、人型の何かが這い出して来る。
それは翼もないのに宙に浮き、遥か高みからこちらを睥睨していた。
「……何者だ?」
剣を構えながら問いかけるライザ姉さん。
するとたちまち、それの顔にうっすらと笑みが浮かぶ。
「先に自分から名乗れ。それが貴人に対する礼儀だろう」
「……私はライザ、剣聖ライザだ」
「私はメガニカ・イル・パンデニム。魔界の公爵をしている」
魔界の公爵だと……!!
つまりこいつが、魔界と人間界の戦争を起こそうとしている王弟か!
道理で途方もない魔力を放っているわけだ。
まさかこんな大物が前線に出張ってくるなんて、流石の俺たちも予想外だ。
たまらず圧倒されそうになるが、ここでライザ姉さんが言う。
「ふん、手間が省けた。ここで貴様を倒せば、魔族どもの暗躍も終わるというわけだな!」
「そうね! 覚悟しなさい!!」
「ワグトゥーを倒した程度で、あまり図に乗るな」
「そんなこと言って、あんたあいつと血の契約をしてたんでしょう? だったら、相応の力を与えていたはずよ」
余裕綽綽のメガニカに、すかさず切り込むシエル姉さん。
するとメガニカは、笑いながら言う。
「戯れにほんの一滴、与えただけのこと。それで私の力を推し量れたつもりになっているのなら、これほど滑稽なことはない」
「どうだか! 私たちにさんざんやられて、余裕ぶってるだけじゃないの?」
「ならば見せてやろう。絶望というものを」
メガニカがそう言った、ちょうどその時であった。
ゆっくりと日が沈み始め、それに代わるように月が昇り始める。
驚いたことに、その色は……。
「赤い……!?」
血に濡れたような深い深い赤。
たちまち世界は赤黒く染め上げられ、一変する。
その変貌ぶりは、一瞬、魔界へと迷い込んだのかと錯覚するほどだった。
これが赤い月のもたらす魔力なのか……!?
いや、でもいったいどうしていま赤い月が……!
「シエル! 赤い月は明後日ではなかったのか!」
「そのはずよ! 何度も確認したから間違いない!」
「だったらあれはなんだ!」
「わからない! でも予想は正しいはずなの!」
混乱した様子で叫ぶシエル姉さん。
赤い月の夜がいつ来るかについては、俺も姉さんからデータを貰って何回か検証している。
間違いなく、二日後の夜だったはずだ。
それがどうして今日になったんだ……!?
混乱する俺たちをよそに、メガニカは高らかに宣言する。
「これが王の力! 天地の理すら捻じ曲げる!!」
「魔力に物を言わせて、無理やり周期を早めたのね……!」
「そんなことできるんですか?」
「赤い月は大気中の魔力の濃度が原因で発生する事象だから、原理的にできなくはないわ。けど、それを可能にするだけの力の持ち主となると――」
険しい顔で、何やら言いよどむシエル姉さん。
そうして一拍の間を開けると、彼女は意を決するように言う。
「はっきりいって、私たちの勝てる相手じゃないわ」




