二十九話 俺VS魔族
――最強のアンデッドを作り上げる。
それは死霊魔術を扱う者ならば、誰もが夢見ることである。
魔族ヴァルゲマは、長い歳月をかけてこれを実現しようと研究を進めていた。
こうして辿り着いたのが、死霊を人の肉体に憑依させて生きながらにして不死者と化す秘術だ。
これを用いれば、従来のアンデッドとは比べ物にならない圧倒的な戦闘力と知性が両立できる。
倫理的に問題があることさえ除けば、まさに理想的な魔術だった。
しかしこれにも、一つだけ問題があった。
通常の人間では、魂魄が死霊に強い拒否反応を示してしまうため肉体が持たないのだ。
そこでヴァルゲマが考え出したのが、死霊と人間の精神を同調させる方法であった。
死者と生者の精神を、特定の強い感情で一体化させれば拒否反応を誤魔化せるのだ。
どうすれば、死者と生者に同じ感情を抱かせることが出来るのか。
ヴァルゲマはさらに研究を重ねて、一つの結論に至った。
同じ対象へ憎悪を抱かせることが、最も手軽であると。
そしてそれを叶えるために、ヴァルゲマは実にシンプルで魔族らしい手段に出た。
村々を襲っては虐殺を繰り返し、やがて復讐者が現れるのを待ったのだ。
死者と生者、双方に自身への憎悪を抱かせようとしたのだ。
もちろん、感情を制御しきれなければ元復讐者のアンデッドはそのままヴァルゲマを襲う。
きわめてリスクの高い実験だった。
だが彼は、その制御技術に関しては絶対の自信があった。
そして同時に、魔族らしい昏い欲望を感じてもいた。
自身を殺しに来た復讐者を手足のごとく使えば、さぞ気持ちよかろうと。
こうして、村を襲いながら復讐者を待ち続けること数百年。
ようやく現れた理想の被験体がクルタであった。
歳月を経て熟成された強い憎悪の念と鍛え上げられた高い戦闘力
そして、まだ若いことから肉体的な無理も効く。
ヴァルゲマはさっそく彼女を用いて、彼の考える最強のアンデッドを具現化した。
しかし――。
「クソが、クソが、クソがあああぁっ!!!!」
たった一瞬。
その実力を見ることすらないまま、最強のアンデッドは浄化され、人間へと戻った。
――〇●〇――
「うおあああァ!!」
先ほどまでの理性的な態度はどこへやら。
魔族は言葉にすらならない雄叫びを上げると、癇癪を起こした子どものように手足を振り回した。
――ズゥン、ゴゥン!!
理性を失って、逆に制限が外れたのだろうか。
拳が壁を打ち破り、足が床を粉砕した。
こりゃ、放っておいたら館が更地になるまで暴れそうだな!
俺は大急ぎで、放心状態になっているクルタさんを回収する。
「小僧め、殺してくれるわ!」
「くっ!」
四足獣を思わせる、不規則で俊敏な動き。
俺は回収したクルタさんを壁際へと避難させると、剣で魔族を迎え撃った。
重いっ!!
巨人に殴られたような衝撃で、全身が痺れそうになった。
これが魔族の身体能力か、さすがに厄介だな!
「死ね、死を持って償え! このヴァルゲマ様の数百年を返せ!!」
「何を言ってんだよ!」
次々と繰り出される攻撃。
フォームも何もあったものではないが、その力と速さは脅威だった。
剣で攻撃をいなしていくのがやっとだ。
後退していくうちに、館の壁が迫ってくる。
ちっ、こうなれば仕方がないな!
「ブランシェっ!」
「ぬっ!」
俺が目を閉じると同時に、剣が発光した。
視界を奪われたらしい魔族の手が、ほんの一瞬だが停止する。
その隙に脇から魔族の後ろ側へと抜けた俺は、すかさず光の魔力を込めた魔法剣を放った。
光の刃が魔族の背中へと食い込み、傷をつける。
「ぐぉっ!!」
くぐもった呻き声を上げる魔族。
しかし、そのダメージはさほど大きなものではなかった。
思っていたよりもかなり頑丈だな……。
光の魔力を込めたおかげで傷口は再生しないが、それだけだ。
消耗はさほど見込めないだろう。
「……やってくれたな、人間め!」
痛みでいくらか頭が冷えたのだろうか。
魔族の口調は、先ほどまでと比べると平静さを取り戻していた。
俺にとっては、ある意味で悪い結果になってしまったな。
とっさに距離を取り、牽制のために魔法剣を何発か放つ。
しかし、そのすべてを爪で弾かれてしまった。
「こちらから行くぞ!」
「はやっ!」
先ほどまでとはまったく異なる動きのキレ。
まだまだ粗が多いものの、圧倒的な身体能力でカバーできている。
本当に、パワーだけならライザ姉さん並みだな!
とっさに剣を横に構え、敵の突進を受け止める。
特別な隕鉄から出来た黒剣は、盛大に火花を散らせつつもそれに耐える。
こうしてある程度まで勢いが落ちたところで、俺はあえて床から足を離した。
そのまま吹っ飛ばされた俺は、壁にぶつかる直前で床に剣を突き刺し、どうにかギリギリ堪え切る。
「……うわ、床に裂け目が出来てるよ」
自分で作った床の裂け目に、自分で驚く。
あのまま壁に叩きつけられてたら、下手をすれば背骨が折れてたな!
「やるな、小僧! お前なら優秀な実験材料になりそうだ!」
「なってたまるかってんだ!」
再び始まる斬り合い。
剣と爪がぶつかるたびに火花が飛び散り、攻防が激しく入れ替わる。
魔族だけあって、さすがに強いな。
でも、姉さんならばもっともっと強いはずだ。
次第に姉さんと練習試合をしていた時の感覚が蘇ってくる。
そうだ、このぐらいならば十分に押し切れる!!
「クソ、何だこの人間は! 聖職者ではないのか!」
「俺は剣士だよ!」
「ではなぜルソレイユが使えた!?」
「さあな、考えてみろよ!」
ほんの一瞬。
時間にして十分の一秒にも満たない間。
魔族の動きが、俺への疑問から鈍った。
こちらの挑発によって、ごくごくわずかの時間だが思考してしまったのだ。
ここだ、ここで決めるしかない!
俺はその瞬間を見逃さず、渾身の一撃を放った。
黒い刃が、そのまま魔族の首筋へと吸い込まれていく。
「ぬうぅっ!」
しかし、さすがと言うべきか。
魔族は最後の最後まで、生をあきらめようとはしなかった。
とっさに身体をあり得ない方向にまで曲げて、瀕死の一撃を回避しようとする。
――このままでは、ギリギリ避けられる!
肉体の構造を半ば無視しての無茶苦茶な動き。
人間では不可能なそれによって、かろうじてではあるが致命傷は回避されてしまいそうであった。
――ヒュンッ!!
だがここで、どこからか飛んできたナイフが魔族の背に刺さった。
クルタさんだった。
意識を回復させた彼女が、とっさに魔族に向かって攻撃を仕掛けたのだ。
普通ならば、牽制にすらならないほどの弱い一撃。
しかしその攻撃は、今の局面においては何より効いた。
「うおおおおっ!!」
ナイフに反応してしまった魔族。
その首を、俺の斬撃が容赦なく刎ね飛ばした――。
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