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第十話 魔族エルハム

「子どもを使うなどとは、卑劣な……!!」


 歯ぎしりをしながら、怒りをあらわにするライザ姉さん。

 その並々ならぬ怒気に、周囲の空気が微かに震える。

 琥珀色の瞳は燃えるような怒りを湛え、殺気の籠った視線が容赦なく少年を貫く。


「流石は剣聖、恐ろしいねえ!」

「貴様、名を名乗れ」

「僕はエルハム。公爵殿下から騎士の位を賜っている」

「そうか、エルバムか」

「エルハムだ!」


 エルハムが言い返す、ほんの一瞬の間。

 その隙に姉さんは前方に飛び出し、奴との距離を詰めた。

 ――流石は姉さん、反応されないうちに倒すつもりだ!

 剣が走り、切っ先が伸びる。

 神速の斬撃が瞬く間にエルハムの首を断ち切ろうとする。

 だが次の瞬間――。


「なっ!?」


 エルハムの立っていたはずの場所に、何故か子どもたちが立っていた。

 あまりに突然のことに姉さんは目を丸くしながらも、かろうじて刃を止める。

 馬鹿な! いったい、何が起きた!?

 俺たちも驚いて周囲を見渡すと、先ほどまで子どもたちが立っていた位置にエルハムがいた。


「入れ替わった!?」

「召喚魔法の応用さ」

「面倒な手を……!! 正々堂々と戦う気はないのか!」

「魔族にそれを言うのかい? 卑怯なやり方こそ我々の常道だよ」


 騎士の位を賜っていると言ったが、やはり所詮は魔族か……!

 あまりにも卑劣なやり方に、俺たちはたまらず顔をしかめた。

 ほぼ瞬時に子どもたちと場所を入れ替えられるのでは、危なくて手を出せない。

 姉さんの斬撃が子どもたちに当たれば、下手をすれば一撃で命を奪いかねないからな。


「姉さん、ここは俺に任せてください。あの魔法の秘密、探ってみせます」

「……わかった」


 いったんライザ姉さんを下がらせ、代わりに俺が前に出た。

 さて、ここからいったいどうするか……。

 まずは、魔法の効果範囲を調べることから始めるとするか……。


「みんな、走って!! あいつから距離を取るんだ!!」

「わ、わかった!!」

「ははは、甘いわ!」


 全速力で走り出す子どもたち。

 だがその次の瞬間、エルハムがパチンッと指を鳴らすと再び位置が入れ替わった。

 いきなりの位置交代に、たまらず子どもたちはその場に置かれていた家具に足を引っかけてしまう。


「うわっ!?」

「大丈夫!?」

「平気だよ……ちょっと擦りむいちゃったけど」


 転んでしまった子どもたちに、クルタさんたちがすぐさま声をかけた。

 眼鏡の女の子が膝を擦りむいたようだが、特に大事は無いようである。

 だが、この調子であれこれと健闘していたらエルハムの前に子どもたちの方が持たないな。

 彼らは何の訓練もしていない一般人なのだ。


「ははは! どうだい、これでは手も足も出ないだろう?」

「子どもを盾にするなんて……!!」

「言っておくが、僕は君たちのことはそれなりに評価してるんだ。だからこそ、確実に勝てる手を使っているまでのこと。むしろ喜んで欲しいぐらいだね」

「この野郎、許せねえ……!!」


 吠えるロウガさん。

 彼はそのまま、盾を手にエルハムに向かって一気に突っ込んでいった。

 まずい、あのままじゃ子どもたちにぶつけられるぞ!!

 俺がそう思った瞬間、こちらの予想通り、エルハムが位置を入れ替えた。

 彼に変わって、子どもたちがロウガさんの前に立つ。


「危ない!!」

「ロウガッ!!」


 悲劇を予感し、たまらず眼を閉じてしまうクルタさん。

 ニノさんもすかさず顔を手で覆い、悲鳴を上げた。

 だが次の瞬間、ロウガさんは盾を放り投げて両手を大きく広げる。

 そして――。


「よっしゃ、捕まえた!!」


 ロウガさんの腕が子どもたち三人をしっかりと抱きかかえた。

 流石はロウガさん、最初からこれが狙いだったわけか!

 

「これでもう、場所は入れ替えられないね!」

「ああ、掴んでしまえばこっちのもんだ」

「それはどうかな?」

「なに?」


 そういうと、エルハムは余裕を見せつけるように悠々とした態度で歩き出した。

 それと同時に、操られた子どもたちがジタバタと暴れはじめる。

 ロウガさんは大人の腕力でそれをどうにか押さえつけるが、相手は子どもといえど三人。

 やがて抑えきれなかった男の子が、彼の背中からひょっこりと顔を出した。

 その次の瞬間――。

 

「なにっ!?」

「おらぁっ!!」

「ぐおっ!!!!」


 子どもたちと入れ替わったエルハムが、ロウガさんの腹をけり上げた。

 ロウガさんの身体が軽々と宙を舞い、そのまま天井を擦って落ちていく。

 俺は慌ててその落下地点に向かうと、どうにかこうにか彼の身体を受け止めた。


「くそっ、うまく行くと思ったんだがなぁ……!」


 悔しさを滲ませるロウガさん。

 子どもたちを掴んでいても場所を入れ替えられるとなると、相当に厄介だな……。

 加えて、相手はその気になれば子どもたちを操ることだってできる。

 いやらしさにおいては、これまで戦ってきた敵の中でも最上級かもしれない。


「分かったら、大人しく帰ってもらおうか。あいにく、僕の能力では勝ちきれないのでね」

「そんなことできない! その子たちは必ず解放させる!」


 改めて、エルハムと対峙する俺。

 どうやらこの戦い、思ったよりも長くなりそうだ――。

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