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二十六話 一級聖水

「シスターさん?」


 どうしてシスターさんが、この部屋を訪れたのだろう?

 そもそも、俺たちがこの部屋にいるということをどこで知ったのか?

 俺は様々な疑問を抱きつつも、ひとまず彼女を部屋に迎え入れた。

 背中の袋が、見ていて辛くなるほど重そうだったからだ。


「ふぅ……! ありがとうございます」


 部屋に入って荷物を置くと、シスターさんはそのまま一息ついた。

 俺とニノさんたちは少し戸惑いつつも、彼女に尋ねる。


「どうしてここに来たんですか? 依頼だったら、ギルドを通してもらわないと」

「いえ、依頼をしに来たわけではないんです。皆さんに、お礼も兼ねたお届け物がありまして」

「お礼?」


 墓地でゾンビたちと戦った件だろうか。

 一応、あれについてはギルドと話がついて緊急依頼扱いになったんだけどな。

 こんな夜更けに、わざわざお礼を言いに来るような状態ではないはずだ。


「丁寧なのは結構だが、そんなに急いでくることないぜ? だいたい、俺たちの居場所をどうやって知った?」

「ギルドで教えてもらったんです」

「……おいおい、冒険者のプライバシーってのはどうなってんだ?」


 やれやれと頭を抱えるロウガさん。

 いったい誰かは知らないが、ずいぶんと意識の低い職員がいたものである。

 いくらシスターさんが身元の確かな人物だからといって、ほいほい個人情報を流されては困る。


「まあ、私の持ってきたものがものですから。ギルドとしても、すぐに渡した方がいいと判断したのでしょう」

「……何か、冒険の役に立つアイテムか何かですか?」

「はい! 死霊魔術を操る魔族が出たと聞いて、急いで準備したんです」


 袋の口を開くと、ガサゴソと中を漁るシスターさん。

 やがて出てきたのは、木箱に収められたガラスの小瓶であった。

 無色透明の液体が入ったそれは、切子細工のように精緻な加工が施されている。

 そこらのポーションなどとは比べ物にならない、何か高級な液体のようだ。

 ……はて、どこかで見覚えがあるぞ。

 俺が首をひねっていると、ロウガさんがひどく驚いた顔をして言う。


「おいおいおい……! こりゃ一級聖水じゃねえか!」

「魔族との戦いに役立てていただこうと思いまして、教会の倉庫から引っ張り出してきたんです」

「ずいぶんと気張りましたね。滅多に外に出すものでもないでしょうに」

「今回の件では、ずいぶんとお世話になりましたから。私と教会からの気持ちとお考え下さい」


 そういうと、シスターさんはズズイっと木箱を俺たちの前へと動かす。

 一級聖水。

 それは、聖女の祈りによって作成される最高級の聖水である。

 緊急時とはいえ、そんなものを引っ張り出してくるとは。

 シスターさんはどうやら、俺たちに迷惑をかけたことを相当に気にしていたらしい。


「一級聖水がこれだけの量あれば、アンデッドには勝てそうだな!」

「ええ。戦力不足もこれで補えることでしょう。助かりました」

「あの、貴重なものだとは知ってますけど……一級聖水ってそんなに凄いんですか?」


 興奮する二人に、思わず尋ねてしまう。

 確かに、聖女であるファム姉さんが作っているのだから効果は高いのだろう。

 ブランド価値を出すために、教会も滅多なことでは使用しないとも聞いている。

 けど、そこまでありがたがるほどのものなのだろうか?

 あの人、割と気楽な感じでお祈り捧げて聖水を作っているぞ。


「一級聖水の効果は、それ以外の物の十倍以上ともされています。アンデッドの浄化はもちろんですが、傷の治療などにも効果があるんですよ」

「へぇ……」

「俺やニノみたいな近接職がアンデッドと戦うには必須だな。あらかじめ武器に振りかけておくと、しぶといアンデッドでも一発さ」

「なるほど。じゃあ、その聖水はニノさんとロウガさんで使ってください。その方が効果あると思いますから」


 もっともらしい理由で遠慮しておく俺。

 あくまで噂にしかすぎないのだけれど……。

 一級聖水には、聖女の身体の一部が入っているという説がある。

 髪の毛とか爪とか、ほんのわずかの血とか

 姉のそう言うものを、俺は使いたくはなかった。

 たとえそれが信憑性の薄い噂にしても、姉弟でそう言うのを持つのはなぁ……。

 幸い、サンクテェールが使えるから瘴気対策は問題ない。


「いいのか? それなら、ありがたく使わせてもらうが……」

「自力での対処が困難だと感じたら、遠慮なく言ってください。すぐに融通します」

「ありがとう。そうなったときはすぐに知らせるよ」

「では、私はそろそろこれで。……皆さん、くれぐれも気をつけてください。私も飛び去る魔族の姿を見ましたが、あれはとてもおぞましいものに見えました。決して油断してはいけません。私が一級聖水をこれだけ用意したのは、皆さんに死んでほしくないからでもあるんです!」


 声を震わせながら告げるシスターさん。

 額に汗を浮かべ、唇を紫にしたその怯えようは尋常なものではなかった。

 彼女のその表情を見て、俺たちは緩みかけていた心を正す。

 強力な物資を手に入れたとはいえ、敵は魔族だ。

 楽に勝たせてもらえるような相手ではない。


「そうですね。もしかしたらあの魔族は……お姉さまの因縁の相手かもしれませんし」

「そう言えばクルタさん、地下水路に居たのは故郷を滅ぼした魔族かもとか言ってましたね」

「はい。お姉さまの出身は、勇壮な戦士の一族だったそうです。その里を滅ぼした魔族となれば、強力なのは間違いないでしょう」


 ますます油断ならない相手だ。

 俺が顔を険しくすると、ロウガさんが急に表情を緩めて言う。


「ま、何にしてもだ。俺たちは魔族を倒してクルタちゃんを救出する。それ以外にねえよ」

「……ええ、そうですね!」


 こうして、迎えた翌朝。

 準備を整えた俺たちは、いよいよ悪霊の森へと出発するのだった。


【読者の皆様へ】

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― 新着の感想 ―
[良い点] 聖女の聖水(ゲス顔)、そりゃ弟だと使いたくないよな
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