第二十九話 ゴロウタ
「ゴロウタ……ですか」
俺は噛みしめるようにゆっくりと、ゴダートの本当の名を告げた。
言われてみれば、ゴダートの風貌や話し方はどことなく東方風だったような気もする。
しかし、東方の剣士がなぜ名前を変えて大陸で暴れ回っているのか。
そこには何かしらの深い事情がありそうであった。
「拙者たちはもともと、東方はアキツの国の山奥で剣を極めようとしておりました。弟子は拙者を含めてわずか六名。皆で一つ屋根の下、家族のように暮らしておりましたよ。それが今からおよそ十年前、拙者が十を迎えたばかりの頃。突然、ゴロウタが師を手にかけ奥義書を奪って逃げたのです」
「いったい、奴はなぜそのようなことを……?」
「わかりませぬ。その理由について、何も語ろうとはしませんから。ただその後、ゴロウタは人が変わったように戦いを求めるようになりました」
……人が変わったように?
キクジロウの言葉に、俺たちは少し引っ掛かりを覚えた。
昔のゴダートは、今とは全く別の人格をしていたとでもいうのだろうか。
するとその疑問に答えるように、キクジロウはさらに続けて語る。
「もともと、ゴロウタはとても温厚な男でした。師からの信頼も厚く、本当なら今頃は奥義を伝授され流派を継いでいたでしょう。拙者も、実際にあの者が師を刺している姿を見なければとてもとても人を殺めるなどとは……」
「何かに操られている……? いや、でもゴダートからはそんな気配は感じなかったな」
「ええ、自然体に見えましたね」
とっさに洗脳などの可能性を考えたが、ゴダートからは特に怪しい魔力など感じなかった。
本人の意思で動いていることは恐らく間違いないだろう。
まあ、事件が起きた時はだいたい「あの人がそんなことするなんて」って声が上がるものだしな。
そこまで不自然と言うわけでもないか。
「それよりも、問題はゴロウタが奥義書を盗んだことです」
「ええっと、奥義が使えるからってこと?」
「はい。先ほど、拙者がジーク殿の技を反射したでしょう? ゴロウタはあの技を完璧に使いこなすことができるはずです」
「完璧にということは、反動もないのか?」
ライザ姉さんは眼を細め、怪訝な表情で尋ねた。
するとキクジロウは、ためらうように間を空けながらもゆっくりと首を縦に振る。
「反動があったのは、拙者の未熟さゆえ。ゴロウタならば、技の威力をそっくりそのまま返して負担もほとんどないでしょう」
「おいおい、そりゃとんでもねえな……」
「迂闊に攻撃すれば自滅と言う訳か」
渋い顔をするライザ姉さんたち。
俺もまた、困ったように腕組みをした。
あの技の恐ろしさは、実際に食らったことのある俺が一番よく分かっている。
もし何のリスクもなくあの技を繰り出せるとするならば……。
こちらも何かしらの対策を用意しなければ、敗北はほぼ確実だろう。
「弱点とかはあるの? あるんだよね?」
クルタさんが、半ばすがるようにキクジロウに尋ねた。
俺の表情を見て、このままでは勝てないということを察したらしい。
するとキクジロウは、申し訳なさそうな顔をしながらも首を横に振る。
「奥義を編み出した初代は、それに対抗するための技も後世に残しました。しかし、いまそれを知っているのはこの世でただ一人、ゴロウタだけなのです。他の弟子に技を伝授する前に、我らの師は殺されてしまったので……」
「対抗策は、奴自身が独占してるってことかよ」
「ええ……。師の遺した資料から何とか再現を試みたのですが、結局はうまくいかず」
想像していたよりも、自体は悪い方向に流れているかもしれない。
大技を出せば反射されてしまう状態で、あのゴダートにどうやって勝つのか。
この難題に対する解決策は、剣聖であるライザ姉さんもすぐには思いつかなかったらしい。
彼女は額に指を当てると、今までにないほど険しい顔をする。
「こうなると、魔法剣に頼らずに行くしかないな」
「……どうしてですか?」
「魔法剣は出すのにわずかながら時間がかかる。やつに反射する隙を与えないよう、今回は封印するしかあるまい」
「うーん、でもそれだと……」
ライザ姉さんの立てた作戦は、流石に堅実なものだった。
けれど、純粋な剣の技量ではやはりゴダートの方に分があるだろう。
その作戦で本当に勝てるのだろうか?
俺がうーんと唸り始めると、さらに追い打ちをかけるようにキクジロウが告げる。
「それはやめた方が良いかと」
「どうしてだ?」
「ゴロウタはもともと、速さを売りにした剣客なのです。やつはまだ、この大会でその真価を見せていない。そもそもあの男の本来の得物は、刀なのです」
「刀……!? 刀って、その腰に差している刀と同じものですか?」
思わず、素っ頓狂な声を出してしまう俺。
ゴダートがいつも使っている大剣と刀とでは、全く性質が異なる。
もちろん大剣の方が優れている部分も多いのだが、とにかく重い。
刀を使う者からしてみれば、使いづらくて仕方がないはずなのだ。
しかし、キクジロウは俺の予想に反するように力強く頷く。
「その通りです。むしろ、拙者の愛刀よりも細身の刀を好んで使っておりました」
……これはいよいよ、厄介なことになってきたぞ。
俺はたまらず、頭を抱えそうになるのだった。




