第十九話 制止
「おぉ……。何だかすごいところですね」
アエリア姉さんの向かった先は、都市の中心部にあるレストランであった。
白を基調とした瀟洒な建物で、さながらホテルのような規模感である。
さらにエントランスには燕尾服を着たボーイが立っていて、俺たちを深いお辞儀で出迎えてくれた。
姉さんのことだから、それなりに高級な店だろうとは思っていたけれど……。
これは俺の予想を大きく上回ってきたな
「流石に、ここを奢ってくれとは言わないよな?」
「すべて私が支払いますわ」
「……そりゃよかった」
そう聞いて、ほっと胸を撫で下ろすロウガさん。
こんなところで奢るとなったら、確実に数十万ゴールドは飛んだだろう。
そうしている間に支度が出来たらしく、ボーイがテーブルまで案内してくれる。
「あ、ライザ姉さん!」
こうして向かった先のテーブルでは、既にライザ姉さんが座っていた。
珍しく考え事でもしていたのか、その表情は心ここにあらずと言った様子だ。
彼女は俺が声をかけると、すぐにハッとしたように目を見開く。
「もう来たのか、ずいぶん早かったな」
「宿に戻る途中でアエリア姉さんと会いまして」
「なるほど、それでそのままここへ来たという訳か」
経緯を知って、納得したように頷くライザ姉さん。
俺はそのまま姉さんの横に腰を下ろすと、ふっと息をつく。
そして真正面に座ったアエリア姉さんの顔を改めて見据えた。
「……でさ、アエリア姉さん。俺に話したいことって何さ?」
「それは……もう少し後にしましょう」
俺が話を切り出そうとすると、何故かアエリア姉さんはするっとかわしてしまった。
彼女の言葉に合わせるかのように、次々と料理が運ばれてくる。
……どうやら、相当に話しづらい事柄であるらしい。
ライザ姉さんもすでに内容については承知しているのか、神妙な面持ちをしている。
「さ、冷めないうちにいただきましょう。ここのスープは絶品ですのよ」
こうして、微妙な雰囲気ながらも食事が始まった。
流石に高級レストランだけあって、料理の味はどれも素晴らしい。
いつの間にか食が進み、固かった空気も少しずつ柔らかくなっていく。
「ライザ姉さんは、いつアエリア姉さんと会ったんですか?」
「レセプションでな。思わず変な顔をしてしまったぞ」
「あの時のライザは見ものでしたわね。よそ行きの顔をしていたのが、いきなりこーんな眼をしましたのよ」
そう言うと、アエリア姉さんは親指と人差し指でグイッと瞼を開いて見せた。
その仕草にクルタさんとニノさんが、クスッと噴き出す。
「わ、笑うんじゃない! お前たちだって、いきなり知り合いに会ったら驚くだろう?」
「そりゃそうだけどさ。ライザってこう、何かと表情豊かだよね」
「ええ、お姉さまの言う通りです」
「ぐ……遠回しに嫌味を言われた気がするぞ……!」
「まあまあ」
むくれるライザ姉さんを宥めたところで、アエリア姉さんがコホンっと咳ばらいをした。
そうして一拍の間を置くと、やがて彼女は真剣な顔をして言う。
「ノア。今からでも遅くはありません、大会出場を取りやめなさい」
「……やっぱりそう来ましたか」
アエリア姉さんの言いたいことは、おおよそ予想がついていた。
何かと心配性な姉さんのことだ、一連の流れを知れば大会出場を止めるに決まっている。
しかし、意外なのはライザ姉さんだ。
出場を勧めた身として、よくアエリア姉さんの提案を了承したものである。
俺がちらっと眼を向けると、ライザ姉さんはムムッと困ったような顔をする。
「私としてはな、ノアが出ても止めることはしないぞ。もともと、私が言い出した話だしな」
「……ライザ! 裏切りましたわね!?」
「う、裏切ってはおらん! 私はあくまで、アエリアが止めたいというなら……」
「先ほどは、ノアを説得すると約束したではありませんか!」
「姉さん、どういうことです?」
「…………むむむむ!!」
俺とアエリア姉さんの二人から詰め寄られ、冷や汗をかくライザ姉さん。
事の経緯からすれば俺につくのが筋なはずだが、アエリア姉さんに逆らうこともできないらしい。
俺たち二人の顔を見比べながら、うんうんと唸り続ける。
そして――。
「ノ、ノアの好きにしろ!」
「あっ!!」
最終的に、ライザ姉さんは俺に判断を丸投げした。
アエリア姉さんは驚いたような顔をするが、ライザ姉さんはそのままそっぽを向いてしまう。
よし、これは一気に流れが来たな!
クルタさんたちに目配せをした俺は、アエリア姉さんに対して一気に畳みかける様に言う。
「やっぱり出るよ。心配してくれるのはありがたいけど、勝ちたいんだ」
「ですが、あのゴダートという男は危険すぎます! 私もあの男の評判については耳にしたことがありますが、軍を丸ごと壊滅させたという話もありますのよ!」
「そうだとしても、この状況じゃ逃げられないよ」
「……なに、ジークのやつは竜の王様にだって勝ったんだ。人間相手なら、心配することねえさ」
「そうだね、あれと比べればまだ救いようはあるよ」
過去のことを思い出しながら、しみじみとした口調で言うクルタさんたち。
その深みのある表情には、何とも言えない説得力があった。
こうして形勢が悪くなったと察したアエリア姉さんは、やがて苦み走った表情で言う。
「とにかく、私は認めませんわ! ゴダートとあなたの試合は、何が何でも阻止してみせます!」
「まさか、スポンサーの権限でも使う気か? だが、いくらなんでもそんなことは……」
「とにかく! 認めないものは認めないですからね!」
それだけ告げると、アエリア姉さんはその場から去って行ってしまった。
その場に取り残された俺たちは、困ったものだと互いに顔を見合わせる。
アエリア姉さん、無茶しないといいのだけど……。
まさか、大会中止を求めて王宮に行ったりしないだろうな……?
「……まあ、あれでも大人だ。大丈夫だろう」
「ですかね?」
俺関連のことになると、急に子どもっぽくなってしまうアエリア姉さん。
その行動を不安に思いつつも、俺たちはレストランを出て帰路につくのであった




