二十三話 ことの次第
「それはマズいことになったな……」
俺とニノさんから報告を受けたギルドマスターは、たちまち顔を曇らせた。
魔族の出現と言うのは、やはり相応に大事件なのであろう。
眉間に深い皴を寄せ、大きな大きなため息がこぼれる。
「いったい、何が起きたんでしょうか。町の一角に穴が空くなんて」
「恐らく、地下に魔族の拠点があったのだろう。あの墓地では以前にもアンデッドが発生したことがあったが、下から瘴気が溢れてきた影響だと考えれば説明がつく」
瘴気はあらゆるものを冒し、侵食する。
地下深くに蓄積された瘴気が、長い年月をかけて地上付近にまで侵食してきても不思議はなかった。
「なるほど……。その施設へ調査隊が踏み込んできたため、魔族が逃亡したというわけですね」
「ああ。穴が空く前に、爆発音みたいなのが聞こえたって言ってたよな?」
「ええ、何度か」
「追い詰められた魔族が施設を爆破したんだろう。思いがけず、爆破でできた穴が外へ通じたのでそこから脱出したってところか」
あくまで推測でしかないが、事件の概要が何となくわかってきた。
地下水路全体に溢れていた瘴気も、その施設から生み出されたのだろう。
ドラゴンゾンビが出現したのも、施設へ行かせないための門番だったと考えれば説明がつく。
「しかし、それではお姉さまは何のために連れ去られたのでしょうか? 翼のある魔族が、逃げるための人質を必要としたとも思えませんし。それに、いくら調査隊が腕利き揃いとはいえ魔族がそこまで簡単に追い詰められたとも考えにくいです」
「それについては、調査隊が帰ってくるのを待つしかないな。魔族の空けた穴から脱出できるだろうから、もうそろそろ――」
「マスター、失礼します!」
噂をすれば影が差すとでもいうべきだろうか。
マスターの話を打ち切るようにして、受付嬢さんが部屋の中へと入ってきた。
彼女の背後には、ロウガさんともう一人、見慣れない男性冒険者の姿がある。
二十代半ばほどに見えるその男は、かなり上質な装備を身に着けていた。
ロウガさんたちと同格、いや、それ以上のランクだろうか。
「おおお! シュラインよ、無事だったか!」
「ええ、何とか。私以外のメンバーも、連れ去られたクルタ殿を除けば命に別状はありません。もっとも、治療を必要としていたため今はそちらに専念してもらっていますが」
どうやらこのシュラインという人物、地下水路に派遣された調査隊の隊長格だったようだ。
彼は俺たちのことを気にしつつも、マスターに事情を説明していく。
その内容は、おおむねマスターや俺たちが推察した通りのものであった。
しいて言うと、地下にあった施設が何らかの研究所だったらしいということが明らかになった。
「いったい、あの魔族は地下で何を研究していたのだ……?」
「そこまでは。ただ、死霊魔術に関するものだったように思います。大量のアンデッドを使役する魔族でしたから」
「……かなりろくでもない研究だってことは、確実そうですね」
「あとで、死霊魔術に詳しいものを派遣して調べさせよう。それより問題は、クルタ君の救出だな」
腕組みをして、唸るマスター。
すかさず、シュラインさんが告げる。
「敵は相当に強いです。今回は向こうから引き揚げてくれたので、全滅は避けられましたが……。あのまま戦っていれば、こちらの敗北は避けられませんでした」
「あれだけの精鋭を集めたのに、か?」
「はい。やつを確実に倒すならば、Sランク冒険者が必要でしょう」
はっきりと断言するシュラインさん。
恐らくはAランク冒険者であろう彼が、こうもきっぱりと敗北を認めるとは。
それだけあの魔族が強大な存在だったということだろう。
実際、やけっぱちとはいえニノさんからの攻撃をほとんどノーガードで防ぎ切っていたし。
「Sランクか……。一応、事前にあの方に依頼を出してはいるが……どうにも動きが鈍くてな」
「もしや、あの方とは剣聖ライザ様のことですか?」
「そうだ」
ぶっ!?
あの方って、姉さんのことだったのかよ!!
突然出てきた身内の名前に、俺はたまらず噴き出してしまった。
確かに姉さんならば……Sランク冒険者に匹敵する戦力だろう。
いや、それよりも数段強いかもしれない。
剣聖と言うのは、四年に一度の大剣神祭で優勝した者のみが受け継ぐ最強の称号。
世界中から集まった数千にも及ぶ猛者たちの頂点に立ったことを示すものなのだ。
「普段ならば、こういう依頼をするとすぐに駆け付けてくださるそうなのだが……身内でいろいろあったそうでな。しばらく時間がかかりそうだと聞いている」
「そうなると、他のSランク冒険者を呼ぶしかありませんね」
「うむ。どこに連れ去られたのかもわからないことだしな。戦力が整うのを待ってから――」
「ちょっと待ってください! 場所なら、場所ならすぐにわかりますよ!」
そう言うと、ニノさんは懐からコンパスのような器具を取り出した。
彼女はその針を指さすと、必死の形相で訴える。
「私、お姉さまに渡したお守りに探知魔法を仕掛けておいたんです! なので、この器具を使って今すぐ追いかけることが出来ます!」
「おいおい……怪しいと思ったら、そんなことしてたのか。さすがに感心しねえぞ?」
「ニノさん、それはちょっとどうかと。……でも、今回に限っては助かりましたね」
「だが……追いかけるにはやはり戦力が足りない。調査隊のメンバーの大半がやられてしまった今、あれ以上の戦力をひねり出すのは無理だ」
力なく首を横に振るマスター。
その顔には無念さがにじみ出ていたが、同時に強い拒絶もあった。
ギルドの支部を任されている者として、はっきり容認できないと伝えにきている。
しかし――。
「それなら、私一人でも行きます! お姉さまは私が救い出して見せます!」
「いかん! 君一人で何が出来るというんだ!」
「でも……!」
唇をかみしめ、悔しさを顔ににじませるニノさん。
その表情は壮絶で、見ているだけで胸が苦しくなってくる。
ニノさんのクルタさんに対する思いは、単なる憧れなどには収まらないようだ。
さすがに、何とかしてあげたいところだけれど……。
「俺も、ニノさんに同行しましょう。クルタさんには特別試験でお世話になりましたし」
「……君の実力は高く評価している。だがそれはあまりに無謀だ。魔族が街に戻ってこないとも限らないし、ここでいざというときの戦力が減るのは困る!」
「大丈夫です。代わりに、剣聖がすぐに来てくれる方法を教えますから」
「なに? ほんとうか?」
椅子から立ち上がり、驚くマスター。
俺は懐からあるものを取り出すと、彼に見せるのだった。
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