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第七話 ノアの剣

「こんなに……!?」


 慌てて逃げた先で、ゆっくりと視線を上げる。

 ――途方もなく大きい。

 サンドワームという生物が、本来はどのぐらいの大きさなのか。

 俺はあいにく知らなかったが、目の前にいる生物が規格外であることは理解できた。

 動くだけで地鳴りがするほどの巨体は、人間どころかドラゴンでも丸呑みに出来そうだ。

 大人七、八人は楽に乗れる車が、こいつと比べるとひどくちっぽけに見える。

 今までもいろいろなモンスターと対峙してきたが、サイズだけなら圧倒的だ。

 あの恐ろしいヒュドラすら上回ることだろう。


「ひいぃ……! これ、流石にやばいんじゃないの!?」

「十億のためとはいえ、洒落にならねえぞ!」

「おいエルドリオ、どうなってんだ!?」


 クルタさんが悲鳴を上げるのに合わせて、他の冒険者も次々と声を上げた。

 やはり、想定をはるかに超えた怪物であったようだ。

 するとここで、騒ぐ冒険者たちを制すようにライザ姉さんが言う。

 

「うろたえるな!」


 これほどの大きさの敵を前にしても、自身に満ち溢れたライザ姉さん。

 そのよく響く声は、さながら雷鳴のよう。

 彼女の威厳ある姿を見て、冒険者たちはにわかに落ち着きを取り戻す。

 流石は姉さんだ、あれだけのモンスターを見ても全く怯む様子がない。


「ノア、あいつを斬れ」

「えっ!? 俺が!?」

「そうだ、何のためにここまで来たと思っている」


 そう言うと、ライザ姉さんはひょいっと剣を投げてきた。

 俺は慌ててそれを受け取ると、さっそく抜いてみる。

 すると――。


「何だこれ!? めっちゃ錆びてる!」

「街の武器屋で買ってきたジャンク品だ。千ゴールドで買えたぞ」

「そんなので勝てるわけないよ! めちゃくちゃだ!」

「それぐらいしなければ、修行にならん!」


 この非常事態でさえ、ライザ姉さんは俺の修行に利用しようとしているらしい。

 俺は全力で首を横に振ったが、姉さんは有無を言わせず「やれ」と顎をしゃくった。

 最近は比較的穏やかだったライザ姉さんだが、大剣神祭を前にして厳しさが戻ってきたな……。

 実家を出る前のことを思い出し、たまらず身震いしてしまう。


「……わかった。クル……わっ!?」


 クルタさんたちに声を掛けようとしたところで、サンドワームがこちらに向かって動き出した。

 まずい、もう時間がないぞ!!

 慌ててクルタさんたちに目配せをすると、彼女たちはこちらの意図を察してうなずく。


「任せといて、注意はこっちで引くから!」

「アンタらも協力してくれ! 集中攻撃だ!」

「了解だ! みんな、やるぞ!!」


 エルドリオさんの突撃を皮切りに、冒険者たちの一斉攻撃が始まった。

 幸い、大きさはともかく防御力はさほどでもないらしい。

 冒険者たちの攻撃はサンドワームの分厚い皮膚を抜き、敵の意識をそらす。


「グオオオオオォッ!!!!」

「かはっ!!」

「ちぃっ! 暴れ出しやがった!」


 サンドワームの巨体が蠢き、取り付いた冒険者たちを吹き飛ばす。

 軽く身じろぎしただけだというのに、大の大人が軽々と宙を舞った。

 その様子はちょっとした惨劇だ。

 しかしその瞬間、サンドワームの注意が彼らに注がれるのを俺は見逃さない。


「はああああぁっ!!」


 微かな隙を突き、サンドワームの背中に飛びつき剣を立てた。

 切れ味の悪い刃はズズズッと掠れた音を響かせる。

 ――重い!

 皮膚を貫くと、たちまちぶよぶよとした肉が刃に絡みついた。

 さながら、トリモチの塊にでも剣を刺したかのようだ。

 クソ、これじゃ斬るどころか抜くことすらできないぞ……!!

 力を籠めるあまり、全身が熱を帯びるがそれでもなかなか斬れない。


「力任せになるな! 柔らかいものを斬る時は、流れを見ろ!」

「流れ? どういうこと?」

「全体を観察すれば、何となく斬れそうな方向が必ずある! それに従え!」

「何となくって何だよ!」

「何となくは何となくだ!」


 出たよ、姉さんの感覚派指導!

 そんなこと言われても、何もわかるはずがない。

 ううーん、流れか……。

 硬い物質を斬る時には、その物の弱い点を見極めて突くのが基本だ。

 その応用だとは思うのだけれど、これだけ柔らかいと弱点が常に動いてしまってよく分からない。


「んんん……!!」

「ノア殿、一度思い切り脱力するのだ! そして、剣をもっとも振りやすいと感じる方向へ振り抜け!」


 ここでゴダートさんが、ライザ姉さんよりはいくらか具体的なアドバイスをしてきた。

 俺はそのアドバイスに従い、深呼吸をしながら全身の筋肉を落ち着かせる。

 ――静寂。

 暴れるサンドワームの上で、ほんの一瞬だが精神が無に帰った。

 時の流れが、さながら引き延ばされたように感じられる。

 その長い時間の中で、俺はゆっくりと剣を動かした。

 すると、ほんのわずかにだが感触が違う方向がある。


「ここか……! おりゃあああっ!!」


 剣を動かし始めると、姉さんが流れといった意味が分かった。

 あれほど重かったはずの刃が、滑るように動き始める。

 そして――。


「グギャオアアアアアン!!!!」


 サンドワームの身体から、激しく血飛沫が吹き上がった――!


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