二十一話 帰還と危機
「一時はどうなることかと思ったが、よかったよかった!」
パンタネル大湿原からの帰り道。
森の脇を抜ける街道で、ロウガさんが豪快に笑った。
結果からしてみれば、今回の依頼は大成功と言っても良かった。
ロックタイタスが四体にマグマタイタスが一体。
ロウガさんの話によれば、バーグさんに渡す分を差し引いても二百万ゴールド近くになるらしい。
三人で割ったとしても、一日で稼いだにしてはなかなかの金額だ。
「どうだ、ジーク。今度こそ一緒に水路通りへ行かねえか? これだけあればいい店に行けるぜ?」
「ロウガ、あなたはそろそろ女遊びを卒業すべきでは? そんなことだからエールを水で割る羽目になるんですよ」
もともと度数の低いエールを水で割るって、それほとんど水じゃないか……。
俺が呆れた顔をすると、ロウガさんは若干視線をそらせながら言う。
「い、いいだろう! 人の勝手だ!」
「少なくとも、レディの前では言わないでほしいですね」
「ふっ……レディねぇ」
「あっ! いま鼻で笑いましたね!? 聞こえましたよ!」
言い争いを始めるロウガさんとニノさん。
やれやれ、本当に仲がいいのか悪いのか……。
年の離れた二人が揉める様は、さながら親子喧嘩のようである。
「ま、まあとにかくだ! 早く街まで帰るとしようぜ」
「……そうですね。急がないと夜になってしまいます」
すでに日は傾きかけている。
今は昼の長い季節ではあるが、急がなければ夜中になってしまうだろう。
二人はやむなく争いを止めると、歩を速めた。
「二人とも俺よりランク高いんですから、しっかりしてくださいよ」
「ははは、お前に言われたくはないがな。それでまだDランクだって言うんだから、末恐ろしい」
「そう言えば、ジークは昇格しないのですか? 実績は十分のはずですが」
「あー……」
ランクの昇格条件は主に二つある。
自身と同ランク以上の依頼を規定数こなすこと。
その上で、ギルドが昇格を認めるに足る実績を上げること。
実績条件についてはほとんどおまけみたいなもので、危険性の低い依頼だけを狙い撃ちするとかしなければ大丈夫だそうだ。
「たぶん、次の依頼で規定回数ですね」
「なるほど、それでお前さんも晴れてCランクってわけか」
「ええ!」
Cランクと言うと、冒険者の中でも中堅クラスとなる。
ここで冒険者としてのキャリアを終える者も非常に多い。
才能のない者にとっては、天井に近いランクだ。
支部によってはBランク以上の者がおらず、Cランクが最強なんてこともあるらしい。
「Cぐらいから報酬もだいぶ良くなってくるからな。生活に余裕も出てきて、冒険者としては一番楽しい時期だ。もっとも、厄介な義務も増えるんだけどな」
「と言いますと?」
「このクラスから、ギルドからの緊急依頼に参加する義務がでてくる。断っても罰則はないが、冒険者として無難にやっていきたいのなら受けた方がいい」
「ギルドからの依頼は基本的に報酬が安いと言いますか、シビアなことも多いです。相場に詳しいだけに、冒険者が引き受けるギリギリのラインを狙ってくるんです」
なるほど……ランクを上げてもいいことばかりとは限らないんだな。
まあ、最低限とはいえきちんと報酬が支払われるなら問題は少ないか。
冒険者ギルドなら、さすがにその辺はきっちりしているだろう。
「あ、街が見えてきましたよ!」
話をしているうちに、ラージャの外観が見えてきた。
あともう少し。
ちょうど下り坂になっていた街道を、俺たち三人は足早に駆け下りる。
そうして三十分ほど後。
俺たちは城門を抜けて、無事に街の中へと帰り着いた。
「ふぅー! じゃ、さっそくギルドに……あん?」
「どうかしました?」
「あっちの方、何だかやけに騒がしくねえか?」
広場の端を指さすロウガさん。
するとそこには、彼の言うように小さな人だかりが出来ていた。
いったい何が起きているのだろう?
集まった人々の顔つきからして、芸人や詩人が観衆を集めているわけでもなさそうだ。
「あれは……シスターさん?」
人ごみの中心に、見知ったローブ姿の少女が立っていた。
先日、俺たちに依頼を出してきた教会のシスターさんである。
ずいぶんと顔色が悪く、ひどく動転した様子だ。
俺たちはすぐさま人混みを掻き分けると、彼女に声をかける。
「どうしたんですか、こんなところで?」
「あっ、ジークさん! 実は、た、大変なことが起きまして……! おは、おはか……!」
「落ち着いてください。ちゃんとした言葉になってないですよ」
シスターさんの肩に手を置き、自ら深呼吸をして見せるニノさん。
それに合わせて息を吸って吐いたシスターさんは、幾分か落ち着きを取り戻した。
「ジークさんに綺麗に浄化していただいた墓地のこと、まだ覚えていますか?」
「はい、ついこの間のことですし」
「実は……あの墓地でまたアンデッドが発生し始めてしまいまして。今はまだ日が高いので抑えられているのですが、このまま夜になると……」
「え? でもあの時、俺が浄化したからもう大丈夫って言ってませんでした?」
「はい、そのはずだったんです。あの状態でアンデッドが発生するなんて、普通は絶対にありえないんですよ。ですから、緊急でギルドへ助けを求めに行こうとしたのです。でもその前に、住民の皆様の避難なども……ああ、ど、どうすれば!」
早口で状況を説明すると、再び頭を抱えてパニック状態へと陥ってしまうシスターさん。
突然の出来事に、完全についていけていないようだった。
無理もない、俺もあのお墓については大丈夫だと思っていたし。
「ひとまず、アンデッドを墓地の外に出さないようにするのが最優先でしょう。ロウガさん、ニノさん! 連戦で申し訳ないんですけど、着いて来てもらえますか?」
「ああ、もちろんだ」
「急ぎましょう、時間が経っているかもしれません」
人が集まっていたことからして、シスターさんが広場に来てから多少の時間が経過している。
急がないと、かなり厄介な事態になる恐れが――。
「うおっ!! な、なんですか!?」
「地震!?」
「いや、こりゃ爆発の類だな……。ヤな予感がしてきた、急ぐぞ!」
地面の底から、何かが突き上げてくるような揺れ。
俺たちは不吉な予感めいたものを感じつつも、ひとまず墓地へと走るのだった。
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