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第十七話 二つの信仰

「これは……」


 床に散らばった黒髪。

 それを見たメイリンは、茫然とした表情でつぶやいた。

 するとライザ姉さんは剣を鞘に納め、フンッと鼻を鳴らして言う。


「髪は女の命という。今回はお前を庇ったシエルに免じて、それで勘弁してやろう」

「…………ありがとうございます!」


 崩れるように膝をつき、そのまま床に額をこすりつけるメイリン。

 それに対して姉さんは何も言わず、そのままスッと下がっていった。

 心なしか、その口元は緩んでいたように見える。

 返事こそしなかったが、メイリンの感謝を受け入れたようだ。


「さてと、今日はもう遅い。この子はうちで預かっておくから、あんたたちは街に戻るといいさ」

「なら、俺が残ります! 姉さんの看病を任せっきりにするのも申し訳ないですから」

「そうかい? もともとは孫のしでかしたことだから、構わないのだけど……」

「いえ。それに、やっぱり病状が心配ですし」


 いまのところ安定しているようだが、いつ急変するかわからない。

 治癒魔法が使える俺が横に着いていた方が、何かと安心だろう。

 俺がこうして看病を申し出ると、ライザ姉さんもまた前に出てくる。


「私も残ろう、ノアだけでは心配だ」

「なら私も!」

「む、クルタは残らなくていいぞ」

「なんでさ?」

「これは家族の問題だからな」


 そう言うと、腰に手を当ててドーンと胸を張るライザ姉さん。

 しかし、クルタさんも負けてはいない。

 彼女は顔を真っ赤にすると、猛然とライザ姉さんに噛みついていく。


「ボクだって、シエルの仲間だよ? 付き添う権利ぐらいはあるんじゃないかな!」

「そんなこと言って、ノアが狙いなだけだろう?」

「ライザだってそうなんじゃないの?」

「まあまあ、落ち着いて! 揉めるなら二人とも出て行ってもらうよ!」


 近くに病人がいるのも忘れて喧嘩する二人に、俺はたまらず大きな声を出した。

 すると二人とも、ハッとしたような顔をして下がっていく。

 ここは仲良く、二人とも帰ることにしたらしい。


「では、シエルのことは任せたぞ」

「はい!」

「また明日の朝、お姉さまと一緒に来ます」


 最後にぺこりとお辞儀をするニノさん。

 彼女に引っ張られて、クルタさんは名残惜しそうな顔をしつつも去っていった。

 ライザ姉さんも、彼女たちと共にゆっくりと街に向かって坂を下りていく。

 ……ふぅ、これでちょっと落ち着いたな。

 何だか少し疲れてしまった俺は、床にぺたんと腰を下ろした。

 そんな俺に、老婆はそっとお茶を出してくれる。

 俺は軽く頭を下げると、ありがたくそれを受け取った。


「あの子たちは、みんなあんたの仲間なのかい?」

「ええ。一緒に冒険してます」

「なかなか楽しそうじゃないかい。……で、どの子が本命なんだい?」

「ぶっ!?」


 思いもよらない問いかけに、俺はたまらず噴き出してしまった。

 しかし、そんなことお構いなしとばかりに老婆はカラカラと笑いながら尋ねてくる。


「無難にあのクルタって子かい? それとも、姉弟で禁断の愛? はたまた、小さい子が好きかい?」

「な、何を言うんですか! 俺は別にそんなこと思ってませんって!」

「そんなことはないだろう? アンタぐらいの歳ごろの男なんて、女の尻のことしか頭にないさね」

「ちょっとお祖母ちゃん! からかうのもほどほどにしてあげてよ!」


 ここでようやく、メイリンが助け舟を出してくれた。

 かわいい孫の言うことには逆らえないのか、老婆は消化不良と言った顔をしつつも引き下がる。


「……それよりも、気になることがあったので聞いてもいいですか?」


 これ以上、からかわれてしまってはたまらない。

 俺は老婆が何かを言い出す前に、自分から話題を切り出すことにした。

 俺の問いかけに老婆は、何でも聞いてくれとばかりに頷く。


「もちろんさ、何が聞きたいんだい?」

「この街の信仰のことについてです。その、恥ずかしながら詳しいことは知らなくて」

「そういうことかい。だったら、うちの信仰との違いも含めて教えてあげようかねぇ」


 そう言うと、老婆はコホンッと咳払いをして胸を擦った。

 そして喉の調子を整えると、いささか芝居がかった様子で語り出す。


「私たちの先祖はもともと、東方にある小さな国に住んでいた。だが、その国がダージェン帝国と呼ばれる大国の侵略を受けてね。かろうじて、一部の民が王家の宝を持ち出してこの大陸へと逃げ延びたのさ。これが今から千年ぐらい前の話だって言われてる」

「なるほど、じゃあチーアンの人たちはもともと難民だったんですね」

「そのとおり。しかし、ダージェンは海を越えて追いかけてきた。それから逃げるうちに、とうとうたどり着いたのがこのララト山の麓さ。そこでご先祖様は龍に出会ったんだよ」


 いよいよ、龍の登場だ。

 老婆はここが佳境とばかりに、身振り手振りも交えて話を盛り上げる。


「追い詰められたご先祖さまたちは、龍に願った。どうか、宝と引き換えに我らを守護してくださいと。龍はそれを快く受け入れ、やってきたダージェンの兵士をことごとく焼き払ってしまった。それ以来、この地に住む民は龍を信仰するようになったと言われている」

「へえ……。確かに、それなら龍を信じるのも当然ですね」

「そう思うだろう? だがねえ」


 不意に、老婆は大きなため息をついた。

 にわかにその眼つきが鋭くなり、顔の皺が深まる。

 雰囲気を一変させた彼女に、俺もつられて固唾を呑む。

 これから老婆が語る話は、相当に重苦しいもののようだ。


「時に、あんたは王家の宝と聞いて何を想像する?」

「そうですね……。やっぱり、宝石とか? それとも宝剣とか?」

「一般的にはそうさ。街の者たちもそう思っている。だが、うちに伝わっている話は少し違っていてね」


 そう言うと、老婆は一拍の間を置いた。

 そして、ゆっくりと噛みしめるように言葉を紡ぐ。


「王家の宝とは、王家の血を引く子のこと。つまり、私たちの先祖は生きるために大事な世継ぎを生贄にした謀反人ってことなのさ」

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