第二十五話 理由
ジークたちがベルゼブフォと対峙していた頃。
ライザはナイフを構えたテイルと睨み合っていた。
テイルもいくらか腕に覚えはあるようだが、剣聖であるライザと比べると差は歴然。
戦う前から勝敗は明らかな状態であった。
それゆえに、ライザは怪訝な表情で尋ねる。
「……なぜ道を違えた主人を守る? 忠誠心か?」
「レオニーダ様がこうなったのも、私の責任だからです」
「どういう意味だ?」
ライザの問いかけに対して、テイルは何も答えなかった。
代わりに彼女は仮面を脱いで船外へと投げ捨てる。
それはさながら、過去との決別を表しているかのようであった。
「その顔、どこかで……」
「余計なことを考えている暇はありませんよ」
スカートを翻し、テイルはナイフを勢い良く投げた。
ライザがそれをかわすと、彼女はそのまま距離を詰めて鍔迫り合いに持ち込む。
飛び散る火花、響き渡る金属音。
ライザの口から、改めて感心したように吐息が漏れる。
「なかなかやるな」
「あの日以来、修行してきましたから」
「それだけの力を、なぜ正しい方向に使わない? それとも、レオニーダ殿のすることが正しいと思っているのか?」
再び問いかけるライザ。
テイルはそれに対して、少しばかりうんざりしたような顔をした。
そして、先ほどまでよりもいくらか強い口調で言う。
「レオニーダ様が現在に至ったのも、すべて私の責任ですから」
「……過去に何があったかは知らん。だが、それで今を曲げて良い理由にはならない!」
テイルに応じるように、ライザもまた語気を強めた。
二人の視線が交錯し、さらに言い争いは激しさを増していく。
「ライザ様にはわからないでしょう。ですが構いません、私の罪なのです」
「そうやって一人で何もかも背負い込む気か」
「ならば、どうすれば良いというのですか……!」
心の奥底に封じ込められていたテイルの感情が、微かに零れた。
しかし、それを素直に認めてしまうわけにもいかないのだろう。
彼女はあえて表情を押し殺すと、ナイフを強く握りしめる。
「はっ! せやあっ!!」
「甘い! 先ほどよりも剣筋が乱れているぞ!」
「その余裕、いつまで続きますかね……!」
テイルはそう告げると、親指を伸ばして刃に当てた。
たちまち肌が裂け、血が滴り落ちる。
――トクン。
無機物であるはずのナイフが微かに脈動したように見えた。
同時に、テイルの気配が悍ましく膨れ上がる。
それはさながら、燃え尽きる寸前の炎のようであった。
「これで決着をつけましょう。はあああぁっ!!」
ナイフから放たれた斬撃。
テイルの生命力を吸い込み、それは極限まで威力を増していた。
赤黒い稲妻を放ち、ライザへと迫るそれは竜巻を思わせる。
しかし――。
「……道具に頼るとは、失望したぞ」
ライザの剣が円を描いた。
大気を凍らせるような衝撃波が駆け抜け、たちまちのうちに斬撃が霧散する。
鋼を切り裂き、山をも粉砕する渾身の攻撃。
それをいともたやすく無力化されたことで、テイルは驚きを隠せない。
「ありえない……!」
狼狽し、ナイフを取り落としてしまうテイル。
ライザはゆっくりと距離を詰めると、その白い喉元に切っ先を突き付ける。
「勝負ありだな」
「……まさか、剣聖がこれほどだったとは」
「まだ一割も力を出していないのだがな」
そう言って悪戯っぽく微笑むライザの表情は、嘘を言っているようには見えなかった。
――思っていた百倍は、力の差が存在した。
あまりのことに、テイルは毒気を抜かれたように表情を緩める。
時間稼ぎをできるなど、全くの思い上がりであった。
「テイル! 何をしている!!」
動きを止めたテイルに発破をかけるように、レオニーダが吠えた。
ベルゼブフォから魔力を吸いつくすまでには、いましばらく時間がかかる。
それまで何としてでも、テイルに時間を稼がせねばならなかった。
しかし、何かが吹っ切れてしまったのだろう。
テイルはどこか諦めたように言う。
「無理です、私には止められません」
「おのれ、根性なしが!」
「……もう諦めましょう、お母様」
テイルの発した言葉に、その場が凍り付いた。
ライザはその意味をすぐに飲み込むことができず、大きく目を見開く。
テイルとレオニーダが親子。
あり得ないわけではないが、全く想像していなかった。
「そんな……! どういうことだ!」
「お話ししましょう。二年前のあの日、私たちに何が起きたのかを」
そう言うと、テイルは改めてレオニーダの顔を見た。
レオニーダは苦み走ったような顔をするものの、やむなく許可を出す。
「いいだろう。事が成ればわかることだ」
「ありがとうございます」
テイルはコホンと咳ばらいをすると、ライザの眼をまっすぐに見据えた。
そして薄く口を開き、ゆっくりと語り始める。
「二年前のあの日、私は父を殺したのです」
再び訪れた衝撃。
ライザは言葉を発することすらできず、ただただその場に立ち尽くした。




