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第二十一話 人魚と絵

「さて、この辺りですね」


 この前よりもいくらか大きな船を借りて、サマンさんと出会った入り江へとやってきた俺たち。

 今回は魔法を使っていないため、到着にはいくらか時間がかかったが、その分だけ快適な移動だった。

 加えて、この船の大きさならばサマンさんを上に乗せることもできるだろう。

 絵を描くに当たって、ずーっと水に浮かんでいてもらうのも申し訳ないし。


「本当に来るかな?」

「近くに気配はしませんね」


 そう言って、湖面を見渡すニノさん。

 俺も魔力探査をしてみるが、周囲にそれらしき魔力は感じられなかった。

 湖面を覗き込んでも、仄暗い湖水を魚が泳ぐばかりである。


「とりあえず、貝を鳴らしてみましょうか」


 ここであれこれと議論をしていても仕方がない。

 俺はマジックバッグから貝を取り出すと、それを大きく振ってみた。

 するとたちまち、キィンッと硬質で澄み切った音が響く。

 それと同時に、微かな光を放つ粒子が波紋のように広がっていった。


「綺麗だねえ!」

「人魚の魔法か? 見事だな」


 美しい光景に、思わず目を奪われてしまう俺たち。

 そうしていると、やがて湖底からぷくぷくと泡が浮いて来た。

 ――ザブンッ!!

 たちまち湖面を豪快に割って、サマンさんが空高く飛び上がる。


「おおお……!!」

「こんにちは!、人間さん!」


 俺たちに近づいてくると、サマンさんはぺこりと頭を下げた。

 そして船の上を見渡したのち、おやっと首を傾げる。


「領主様はいらっしゃらないんですか?」

「ああ。ちょっといろいろあってな」

「人魚の涙については、素直に諦めてくれたみたいです」


 そう言うと、サマンさんはほっとして胸を撫で下ろした。

 俺はそんな彼女に、いささか申し訳なさを感じつつも頼む。


「今日、来てもらったのはですね。実はその、絵のモデルになってほしくて」

「私がですか?」

「はい、サマンさん以外には頼めません!」


 俺がそう言うと、彼女は眼をぱちぱちとさせた。

 そして、意外そうな顔をして尋ねてくる。


「いいんですか、私なんかで。人を惑わすモンスターですよ?」

「サマンさんが悪いモンスターじゃないことは、わかってますから」


 俺がそう言って笑うと、どうしたことだろうか。

 サマンさんは石化したように動きを止めてしまった。

 心なしか、白い頬に赤みがさしているような気がするが気のせいだろうか?


「……ジークってさ、無自覚に女の子のツボを衝くよね」

「え?」

「ほんと、羨ましいもんだ。俺もこういう才能があったら苦労しねえんだがなぁ……」

「ロウガの場合は、美人局にうまく騙されそうですけどね」

「失礼だな、昔から女を見る目は確かだよ!」


 ああだこうだと騒ぎ始めるロウガさんたち。

 そうしていると、何やらムッとした表情の姉さんが前に出てくる。

 彼女は俺の肩にポンと手を置くと、嫌に迫力のある顔で迫ってきた。


「……言っておくが、交際相手を気軽に増やすことは感心せんぞ?」

「いや、そんなつもりないですよ!? 何言ってるんですか!」

「ならよろしい」


 そう言って、姉さんは引っ込んでいった。

 ……やけにいい笑顔をしていたのが、逆に気にかかる。

 ほんと、俺は変なこととか何も考えてないんだけどなぁ……。


「あっ! ごめんごめん、上がって!」


 すっかり手持ち無沙汰になってしまっていたサマンさんに、俺は慌てて声を掛けた。

 彼女は俺の手を握ると、そのまま船に乗り込む。

 ……こうしてみると、やっぱり人魚なんだなぁ。

 水面下に隠れていた下半身が露わになり、俺は改めて彼女が人魚であることを実感した


「……綺麗」

「水から出ると、光り方がまるで違うな」


 日差しに照らされ、燦燦と輝く鱗。

 薄い青色をベースに七色に輝くそれは、宝石を薄く切り出したかのよう。

 人間としての部分もさることながら、魚としての部分もこの上なく美しかった。

 こりゃ、彼女たちに惚れた者同士で争いが起きるわけだ。


「よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 互いに挨拶をして、俺はいよいよ作業を始めようとした。

 果たして、この美しさを俺はきちんと絵にできるのか。

 あまりにも素晴らしい題材を前に、逆に緊張してきてしまった。

 マジックボックスの中からキャンバスと絵筆を取り出すものの、指先が震えてしまう。


「あっ!」


 絵筆が震え、絵の具が散ってしまった。

 まずいな、緊張しすぎだ。

 俺は深呼吸をして気分を落ち着けようとするが、なかなかどうしてうまく行かない。

 こういうのは、いったん意識してしまうと難しいものなのだ。


「……わっ!」

「いっ!?」


 いきなり、クルタさんが大きな声を上げた。

 俺が驚いて倒れそうになると、彼女は笑いながら言う。


「緊張はほぐれた?」

「びっくりしましたよ」

「まあ、気楽に行こうよ。もし負けちゃっても、みんなで逃げればいいじゃない」


 クルタさんに同調するように、皆が頷いた。

 そう言われると、少しだけ気持ちが楽になる。

 

「えっと……芸術は気合らしいからな、とにかく頑張れ!」

「姉さん、それを言うなら芸術は気持ちですよ。それもエクレシア姉さんの言ってたことですけど」

「む、そうだったか」


 ポンッと手を突くライザ姉さん。

 彼女なりの励ましに、自然と笑みがこぼれてくる。

 そうだ、芸術は気持ち。

 暗い気分で書いたら、そのまま暗いものが仕上がってしまう。


「……やりますか!」


 こうして、改めて絵筆を握り直す俺。

 エクレシア姉さんをあっと言わせるための絵の製作が、いよいよ始まった。


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